石川県知事の山野之義氏は、2026年3月8日、元金沢市長として現職の馳浩氏を破り、石川県知事選挙に初当選した。
慶應義塾大学文学部を卒業後、ソフトバンク株式会社で孫正義社長のもとで営業を経験。
1995年に金沢市議会議員に初当選し、2010年には金沢市長に就任した山野之義氏は、11年間の市長在任中に金沢マラソンの創設や観光都市としての発信に成功した。
しかし、2014年には公費支出問題やリサイクル施設入居提案問題でスキャンダルに見舞われ、出直し選挙を経験。
2020年には政治資金規正法違反疑惑も浮上した。
2022年の石川県知事選挙では馳浩氏に7,982票差で敗北したが、2026年のリベンジ選挙では能登半島地震後の復興政策を掲げ、6,110票差で馳浩氏を破った。
ソフトバンク出身の異色の経歴、スキャンダルを乗り越えた執念、そして能登半島復興への挑戦──山野之義氏の経歴と権力闘争の実態を徹底解説する。
山野之義のプロフィール

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 山野之義(やまのゆきよし) |
| 生年月日 | 1962年3月30日(63歳・2026年時点) |
| 出身地 | 石川県金沢市 |
| 学歴 | 金沢市立中央小学校卒業、金沢市立野田中学校卒業、石川県立金沢泉丘高等学校卒業(1980年3月)、慶應義塾大学文学部仏文科卒業(1987年3月) |
| 現職 | 石川県知事(公選第21代、2026年3月27日就任予定) |
| 前職 | 金沢市長(3期11年、2010年12月〜2022年2月) |
| 経歴 | ソフトバンク株式会社(1990年4月〜1994年8月)、金沢市議会議員4期(1995年〜2010年)、金沢大学客員教授、ソフトバンク株式会社戦略顧問 |
| 家族 | 妻、長男、長女(4人家族) |
| 専門分野 | 地方自治、観光振興、広域行政 |
| 役職歴 | 石川県市長会会長、北信越市長会会長、全国市長会副会長 |
山野之義氏は、1962年3月30日、石川県金沢市で生まれた。
金沢市立中央小学校、金沢市立野田中学校を経て、石川県立金沢泉丘高等学校を1980年3月に卒業した。
慶應義塾大学文学部仏文科に進学し、1987年3月に卒業。
1990年4月にソフトバンク株式会社に入社し、孫正義社長のもとで営業を経験。
1995年に金沢市議会議員に初当選し、4期務めた後、2010年11月に金沢市長に初当選した。
2026年3月8日、石川県知事選挙に当選し、公選第21代石川県知事に就任する予定である(2026年3月27日就任予定)。
石川県出身者で石川県知事に就くのは、公選知事では柴野和喜夫氏、田谷充実氏に次いで3人目となる。
また、金沢市長を経験した初の石川県知事である。
詳しい経歴──ソフトバンクから金沢市長へ

石川県金沢市での生い立ちと慶應義塾大学
山野之義氏は、1962年3月30日、石川県金沢市生まれ。
金沢市立中央小学校、金沢市立野田中学校を経て、石川県立金沢泉丘高等学校に進学した。
金沢泉丘高校は、石川県内でもトップレベルの進学校であり、多くの卒業生が東京大学や京都大学などの難関大学に進学している。
山野之義氏は、1980年3月に金沢泉丘高校を卒業し、慶應義塾大学文学部仏文科に進学。
慶應義塾大学文学部では、フランス文学を専攻し、1987年3月に卒業した。
ソフトバンク入社と孫正義社長のもとでの営業(1990年〜1994年)
1990年4月、山野之義氏はソフトバンク株式会社に入社。
当時のソフトバンクは、孫正義社長が率いるベンチャー企業として、急成長を遂げていた黎明期だった。
山野之義氏は、孫正義社長のもとで「地を這う営業」を体験し、リスクを背負いながらも数々の経営判断をしていく現場で働いた。
山野之義氏は後に「孫正義社長が、リスクを背負いながらも数々の経営判断をしていく、そんな現場で地を這う営業を体験した」と振り返っている。
ソフトバンクでの経験が、山野之義氏の「常にチャレンジせよ」というモットーの原点となった。
1994年8月31日、山野之義氏はソフトバンクを退社した。
金沢市議会議員4期(1995年〜2010年)
1995年4月、山野之義氏は金沢市議会議員選挙に立候補し、初当選。
当初は自民党に所属していた。
市議時代は、自らの足で歩き、市民一人一人に想いを伝える活動を重視。
山野之義氏は、金沢市議会議員を4期15年間務め、地方自治の現場経験を積んだ。
金沢市長選挙初当選──現職を僅差で破る(2010年11月)
2010年11月9日、山野之義氏は金沢市議会議員を辞職した。
自民党を離党した上で、自民党金沢支部・日本創新党の推薦を受けて金沢市長選挙に立候補。
民主党石川県連・社民党石川県連・国民新党の推薦と、公明党金沢総支部の支持を受けた現職の山出保市長との一騎打ちとなった。
「自立した市民による自発的なまちづくり」を呼びかけ、6選を目指す現職を1,364票差の僅差で破り、初当選。
得票数は58,204票だった。
2010年12月、山野之義氏は金沢市長に正式に就任した。
注記:
市長選の当時はまだネット選挙が解禁されていなかったが、金沢市選挙管理委員会によると、山野之義氏の陣営のネット戦略担当者と山野之義氏の秘書が告示後にTwitterを利用して山野之義氏への投票を呼び掛ける運動を行っていた。
市選管は公職選挙法に抵触するおそれがあるとして山野之義氏の陣営に書き込みの削除などを求めたが、その後も投稿が続いたため石川県警に相談。
県警は「ネット選挙解禁の方向で議論が進んでいることもあり判断が難しい」として対応を見送った。
金沢市長3期11年の実績(2010年12月〜2022年2月)

山野之義氏は、2010年12月から2022年2月まで、金沢市長を3期11年間務めた。
初選挙の時を除き、選挙は全て大差での勝利となった。
再選記録:
- 2014年:出直し選挙で再選
- 2014年:任期満了に伴う選挙で再選
- 2018年:再選
山野之義氏は、「責任と誇りを持てるまち金沢」を起点とした都市経営ビジョンを示し、建築文化、スポーツ文化、伝統を大切にしながらも、新たな創造を生み出し続ける金沢だからこそのまちづくりの挑戦を重ねた。
山野之義氏のモットーは「民が前輪、官が後輪」「伝統とはイノベーションの連続」である。
金沢大学客員教授・ソフトバンク戦略顧問(2022年)
2022年2月16日、山野之義氏は金沢市長を辞職。
石川県知事選挙に立候補するための辞職だった。
2022年9月、山野之義氏は金沢大学客員教授に就任した。
2022年10月、山野之義氏はソフトバンク株式会社に再入社し、戦略顧問に就任。
ソフトバンクを退社してから28年ぶりの復帰だった。
山野之義氏は、ソフトバンク戦略顧問として、能登半島地震の際にいち早く現地に入り、ソフトバンクとして全面的な支援を行い、現在も継続している。
発災から2年間で約200日、被災地に通っているという。
山野之義氏が経験したソフトバンクの黎明期。
孫正義社長のもとで「地を這う営業」を体験し、リスクを背負いながら挑戦する経営を学んだ。
山野之義氏は「常にチャレンジせよ」をモットーに、ソフトバンクでの経験を政治の世界でも活かしている。
金沢市長時代のスキャンダル──出直し選挙と政治資金問題

公費支出問題と場外車券売場設置問題(2014年)
2014年、山野之義氏は金沢市長として、公費支出問題と場外車券売場設置問題に見舞われた。
市議会の主要4会派(自民・民主系など)が百条委員会の設置も辞さないとの構えを見せて進退を迫る中、山野之義氏は窮地に立たされた。
場外車券売場設置問題については、公職選挙法違反の公訴時効が成立していることが指摘された。
リサイクル施設入居提案問題と背任未遂容疑(2014年)
さらに、リサイクル施設入居提案問題でも山野之義氏は批判を浴びる。
2014年9月9日付で、リサイクル施設入居提案に関する背任未遂容疑での告発が石川県警に受理された。
郷原信郎弁護士と金沢大学法務研究科の佐藤美樹教授は、山野之義氏の道義的・倫理的責任はあるとしつつも、場外車券売場設置問題は公選法違反の公訴時効が成立していること、リサイクル施設入居提案問題は背任未遂の要件を満たさないことを理由として、刑事責任は問えないとの見解を示した。
出直し選挙への立候補と再選(2014年9月)
2014年8月18日、山野之義氏は記者会見を行い、「今回の問題に関して市民や議会に心配をかけたことに対してお詫びし、自らの政治的・道義的責任を取りたい」として任期途中で市長を辞職することを表明。
同日、金沢市議会は全会一致で山野之義氏の辞職を承認した。
辞職表明時、山野之義氏は自らの任期途中辞職に伴って執行される「出直し選挙」への立候補について、「考えが及ばない」として明言を避けていた。
しかし、2014年9月1日、金沢市内の大学生らが山野之義氏の自宅を訪問し、出直し選挙への出馬を求める135人分の署名を手渡した。
同年9月3日、山野之義氏は記者会見を開いて出直し選挙への立候補を正式に表明。
立候補の理由として「選挙で市民の審判を仰ぐべきという声が多かった」ことを挙げた。
出直し選挙の結果、山野之義氏は再選を果たした。
政治資金規正法違反疑惑(2020年3月)
2020年3月25日、山野之義氏を支援する「山野ゆきよし金沢市校下後援会連合会」が政治団体の届け出をせずに市内の町会組織の会費を徴収していたとして、石川県警は同連合会の当時の幹部らを政治資金規正法違反容疑で書類送検した。
2020年4月6日、金沢地検は幹部らを不起訴とした。
山野之義氏本人は、政治資金規正法違反での刑事責任は問われなかったが、支援組織の問題として批判を受けた。
山野之義氏が直面した政治資金規正法違反疑惑。
地方政治における政治資金と選挙制度の仕組みを理解することは重要である。
地方政治家が直面する政治資金問題は、透明性と説明責任が問われる重要なテーマである。
金沢市長としての実績と評価

金沢マラソンの創設と観光都市としての発信
山野之義氏の代表的な功績として知られているのが「金沢マラソン」の創設である。
金沢マラソンは、金沢市の魅力を全国に発信するイベントとして、多くのランナーが参加し、観光振興に大きく貢献した。
山野之義氏は、「金沢らしさ」にこだわるまちづくりを推進し、歴史文化を活かした都市政策を展開。
観光都市としての金沢ブランドの発信に成功し、北陸新幹線開業(2015年3月)も追い風となり、金沢市の知名度は全国的に高まった。
石川中央都市圏の広域行政推進
山野之義氏は、「オール石川」「オール加賀」の視点でまちづくりを進めてきた。
2015年に石川中央都市圏(金沢市を含む4市2町)で協定を締結し、様々な施策を広域で行ってきた。
主な広域行政の取り組み:
- ワクチン接種の広域連携
- 子どもの夜間救急診療所の共同運営
- 災害時の相互支援体制
- 屋内型子どもの遊び場の整備
- 金沢スタジアムの建設
山野之義氏は、石川県市長会会長、北信越市長会会長、全国市長会副会長を歴任し、広域行政のリーダーとして活躍した。
LGBTパートナーシップ制度の導入

山野之義氏は、金沢市長時代にLGBTパートナーシップ制度を導入。
金沢市は、石川県内で初めてパートナーシップ制度を導入した自治体となった。
多様性を尊重する社会の実現に向けて、先進的な取り組みを行った。
コロナ対策と給与80%削減
新型コロナウイルス感染症の流行時、山野之義氏は自身の給与を80%削減し、市民と苦難を共にする姿勢を示した。
コロナ対策として、市民生活の支援や事業者支援に力を入れた。
山野之義氏は、「365日休まず地域の祭りやイベントに足を運び、政策に直接反映してきた」と語っている。
現場に最も近い市長であることを重視し、市民との対話を大切にしてきた。
山野之義氏が推進した金沢マラソンの創設や観光都市としての発信。
地方創生と観光振興の成功事例として注目されている。
山野之義氏は「民が前輪、官が後輪」というモットーのもと、市民主体のまちづくりを実践してきた。
2022年石川県知事選挙──馳浩氏に7,982票差で敗北

金沢市長辞職と知事選挙出馬表明(2022年2月)
2022年2月16日、山野之義氏は金沢市長を辞職した。
石川県知事選挙(2022年2月24日告示、3月13日投開票)に立候補するための辞職だった。
山野之義氏は、「大好きなまち金沢のためにまた一つ大きなチャレンジを」と市長選に挑んだように、今度は「石川県のために」と知事選に挑戦することを決意した。
保守分裂選挙──馳浩氏 vs 山野之義氏 vs 山田修路氏
2022年3月13日の石川県知事選挙は、保守分裂選挙となった。
立候補者:
- 馳浩氏(無所属、自民党推薦):元文部科学大臣、元衆議院議員、プロレスラー
- 山野之義氏(無所属):金沢市長
- 山田修路氏(無所属):元参議院議員
山野之義氏と馳浩氏はともに自民党系で、保守陣営が分裂する構図となった。
森喜朗元首相の支援を受けた馳浩氏に対し、山野之義氏は無党派層や幅広い市民の支持を訴えた。
7,982票差での次点落選
2022年3月13日、石川県知事選挙が投開票された。
選挙結果:
- 当選:馳浩氏 196,432票
- 次点:山野之義氏 188,450票(馳浩氏に7,982票差)
- 落選:山田修路氏
山野之義氏は、188,450票を獲得したが、馳浩氏に7,982票差(得票率1.4ポイント差)で次点落選となった。
僅差での敗北だった。
28年ぶりの石川県知事交代となったが、山野之義氏にとっては痛恨の敗北だった。
敗北後の活動──金沢大学客員教授・ソフトバンク戦略顧問
知事選挙で敗北した後、山野之義氏は2022年9月に金沢大学客員教授に就任し、2022年10月にはソフトバンク株式会社に再入社して戦略顧問に就任。
ソフトバンク戦略顧問として、能登半島地震の際にいち早く現地に入り、ソフトバンクとして全面的な支援を行った。
発災から2年間で約200日、被災地に通い続けた山野之義氏は、能登半島復興への強い思いを持ち続けた。
この活動が、次の知事選挙でのリベンジへとつながっていく。
2026年石川県知事選挙──能登半島地震後のリベンジ当選

立候補表明(2025年10月16日)
2025年10月16日、山野之義氏は会見で翌年3月に行われる石川県知事選挙への立候補を表明した。
2022年の知事選挙で馳浩氏に7,982票差で敗北してから約3年半、山野之義氏はリベンジの機会を狙っていた。
山野之義氏は、「能登半島地震からの復興を成し遂げたい」と強調し、ソフトバンク戦略顧問として能登半島地震の被災地に200日以上通い続けた実績をアピールした。
能登半島地震と復興政策が最大の争点
2024年元日に発生した能登半島地震は、石川県に甚大な被害をもたらした。
2026年の石川県知事選挙は、能登半島地震後で初の知事選となり、震災からの復旧・復興策が主な争点だった。
山野之義氏の主な政策:
- 能登半島に知事室を設けて政策を議論する体制を整える
- 稼ぐ力を生み出す、次世代産業・行政改革
- AIデータセンターの誘致
- 石川県スタートアップ支援ファンドの組成
- 「金沢らしさ」にこだわるまちづくり
山野之義氏は、「能登の創造的復興」を最優先課題に掲げた。
馳浩氏との保守分裂──自民・維新推薦 vs 国民民主支持
2026年3月8日の石川県知事選挙は、前回(2022年)に続いて保守分裂選挙となった。
立候補者:
- 山野之義氏(無所属、国民民主党石川県連支持)
- 馳浩氏(無所属、自由民主党・日本維新の会推薦)
- 黒梅明氏(無所属、日本共産党推薦)
山野之義氏は国民民主党石川県連の支持を受け、馳浩氏は自由民主党・日本維新の会の推薦を受けた。
高市早苗首相(当時)も応援演説のため石川県に入り、馳浩氏の支持を訴えたが、及ばなかった。
6,110票差での初当選(2026年3月8日)──ボランティア主導の選挙戦

2026年3月8日、石川県知事選挙が投開票された。
選挙結果:
- 当選:山野之義氏 245,674票
- 落選:馳浩氏 239,564票(山野氏に6,110票差)
- 落選:黒梅明氏
山野之義氏は、245,674票を獲得し、現職の馳浩氏を6,110票差で破り、初当選を果たした。
2022年の知事選挙では馳浩氏に7,982票差で敗北したが、2026年は6,110票差で馳浩氏に勝利。
山野之義氏の事務所では当選確実の一報が入ると、一瞬の静寂のあと、各所で雄たけびが上がった。
山野之義氏は組織に頼らず、ボランティア主導で進めた選挙戦を振り返り、「ほっとした思いとともに、支えてくれた皆さんに感謝でいっぱい」と高揚した表情で語った。
2026年3月27日、山野之義氏は公選第21代石川県知事に就任する予定。
山野之義氏が最優先課題に掲げた能登半島地震からの復興。
災害復興と防災対策は、地方自治体の重要な役割である。
山野之義氏は、ソフトバンク戦略顧問として発災から2年間で約200日、被災地に通い続けた経験を活かし、能登半島復興に取り組む。
現在話題、注目される知事、市長については、以下の記事で詳しく解説している。
前知事・馳浩氏の4年間と敗北の要因

馳浩氏のプロフィール──プロレスラーから文部科学大臣、石川県知事へ
馳浩氏は、1961年5月5日、富山県小矢部市に生まれた(64歳・2026年時点)。
小学3年生の時に親族の馳家に養子入りし、石川県金沢市で育った。
馳浩氏の経歴:
- 1984年:ロサンゼルスオリンピック・レスリング(グレコローマンスタイル・ライトヘビー級)出場
- 1985年:プロレスラーに転身(ジャパンプロレス入団、後に新日本プロレス・全日本プロレス)
- 1995年:参議院議員当選(1期)
- 2000年:衆議院議員に転じる(7期連続当選、21年間)
- 2015年:第3次安倍改造内閣で文部科学大臣・教育再生担当大臣
- 2022年3月13日:石川県知事選挙初当選(196,432票)
- 2026年3月8日:知事選挙で落選(山野之義氏に6,110票差で敗北)
馳浩氏は、プロレスラーとして活躍し、「先生」の愛称で親しまれた。
国会議員として約27年在職し、37本の議員立法を成立させた実績を持つ。
能登半島地震対応と1,000億円規模の復旧・復興財源確保
馳浩氏は、2024年元日に発生した能登半島地震に対して、国とのパイプを活かし、過去最大規模となる約1,000億円の復旧・復興財源の確保や、被災者支援に力を尽くした。
馳浩氏の能登半島地震対応:
- インフラ復旧、住まい、なりわい再建を市町とともに加速
- 復興公営住宅家賃を県が全額負担(入居後3年間)
- 能登事業者支援センターの強化
- 和倉温泉の早期復興
- トキの放鳥を実現
馳浩氏は、「能登の創造的復興を支え、産業競争力を高め、暮らしの安全・安心、雇用を守る」と訴えた。
安倍派裏金問題(819万円のキックバック)と批判

しかし、馳浩氏は安倍派裏金問題に巻き込まれた。
2024年1月21日、馳浩氏は国会議員時代に所属していた清和政策研究会(安倍派)から2022年までの5年間で自身の政治団体に計819万円のキックバック(還流)を受けていたことを明らかにした。
馳浩氏によると、派閥からキックバックされていた金額について、同年1月11日に安倍派の塩谷立座長から直接連絡があったという。
議員時代の秘書に確認したところ、政治資金収支報告書への不記載が判明。
秘書は一部を政治活動の旅費や通信費など事務所経費に支出したといい、馳浩氏に対し「清和研から収支報告書に記載しなくてもよいと聞いていたので、それに従い処理した」と説明したという。
馳浩氏は「常々、適正に処理するよう指示してきた」と釈明した上で、「政治資金規正法にのっとり適切に処理されるべきもの。私の監督不行き届きだ」と話した。
2024年12月26日、東京地検特捜部は政治資金規正法違反の疑いで告発された馳浩氏を嫌疑不十分で不起訴とした。
2026年1月13日までに検察審査会は馳浩氏について不起訴相当と議決。
刑事責任は問われなかったが、安倍派裏金問題は馳浩氏への批判材料となった。
1期で退任──公選石川県知事で初
2026年3月8日、馳浩氏は石川県知事選挙で山野之義氏に6,110票差で敗れ落選した。
公選で選ばれた歴代石川県知事の中で、1期で退任するのは初めてとなった。
馳浩氏は、「能登の復旧復興は道半ばであり、県政に停滞は許されません。今回の結果を厳粛に受け止め、今後どのようにお役に立つことができるのか考えていきたいと思っています」とコメント。
2026年3月26日、馳浩氏は石川県知事を退任する予定である。
まとめ──山野之義と石川県政の展望

ソフトバンクから金沢市長、石川県知事へ
山野之義氏は、1962年3月30日に石川県金沢市で生まれ、慶應義塾大学文学部を卒業後、1990年にソフトバンク株式会社に入社した。
孫正義社長のもとで「地を這う営業」を経験し、リスクを背負いながら挑戦する経営を学んだ。
1995年に金沢市議会議員に初当選し、4期15年間務めた後、2010年11月に金沢市長に初当選した。
金沢市長として3期11年間(2010年12月〜2022年2月)、金沢マラソンの創設、石川中央都市圏の広域行政推進、LGBTパートナーシップ制度の導入など、数々の実績を残した。
2022年の石川県知事選挙では馳浩氏に7,982票差で敗北したが、2026年のリベンジ選挙では能登半島地震後の復興政策を掲げ、6,110票差で馳浩氏を破り、初当選を果たした。
スキャンダルを乗り越えた政治家
山野之義氏は、金沢市長時代にいくつかのスキャンダルに見舞われた。
2014年には公費支出問題や場外車券売場設置問題、リサイクル施設入居提案問題で批判を浴び、出直し選挙を余儀なくされた。
2020年には政治資金規正法違反疑惑も浮上。
しかし、山野之義氏はこれらのスキャンダルを乗り越え、市民の信頼を回復した。
出直し選挙でも再選を果たし、その後の市長選挙でも大差で勝利を重ねた。
山野之義氏の政治家としての粘り強さと、市民との対話を重視する姿勢が、スキャンダルを乗り越える力となった。
能登半島復興と石川県の課題
山野之義氏が石川県知事として直面する最大の課題は、能登半島地震からの復興である。
2024年元日に発生した能登半島地震は、石川県に甚大な被害をもたらした。
山野之義氏は、ソフトバンク戦略顧問として発災から2年間で約200日、被災地に通い続けた経験を活かし、能登半島復興に取り組む。
主な政策課題:
- 能登半島のインフラ復旧と住まい・なりわい再建
- 能登半島に知事室を設けて政策を議論する体制
- AIデータセンターの誘致など次世代産業の育成
- 石川県スタートアップ支援ファンドの組成
- 「金沢らしさ」にこだわるまちづくり
山野之義氏は、「能登の創造的復興」を最優先課題に掲げている。
前知事の馳浩氏が確保した約1,000億円の復旧・復興財源を活用し、被災者一人ひとりに寄り添った復興を進めることが求められる。
山野之義氏が経験した知事選挙での敗北と復活。
地方政治と知事選挙の仕組み、権力構造を理解することは重要である。
山野之義氏は、2022年の敗北から4年間、リベンジの機会を狙い続け、2026年についに知事の座を射止めた。
権力ウォッチの視点

『権力ウォッチ』は、山野之義氏と石川県政の動向を今後も追い続ける。
注目ポイント:
- 能登半島復興の実効性と進捗
- 山野之義氏の県政運営とリーダーシップ
- スキャンダルの再発防止と透明性の確保
- 広域行政の推進と市町村との連携
- AIデータセンター誘致など次世代産業育成の成否
- 馳浩氏との保守分裂選挙が石川県政に残した影響
山野之義氏は、ソフトバンク出身の異色の経歴を持ち、スキャンダルを乗り越えた執念の政治家である。
金沢市長として11年間の実績を積み、2022年の知事選挙で敗北した後も、ソフトバンク戦略顧問として能登半島地震の被災地に200日以上通い続けた。
2026年のリベンジ選挙では、「能登の創造的復興」を掲げ、現職の馳浩氏を6,110票差で破った。
山野之義氏が、能登半島復興を成し遂げ、石川県の発展に貢献できるのか?
スキャンダルの再発防止と透明性の確保、市民との対話を重視した県政運営ができるのか?
権力者の行動を監視し続けることが、民主主義を守るために不可欠である。
【参考資料・出典】
本記事は以下の公開情報を基に作成されています。
公的資料・報道記事:
- Wikipedia「山野之義」(基本情報、経歴、時系列)
- Wikipedia「馳浩」(馳浩氏のプロフィール、安倍派裏金問題)
- 日本経済新聞(2026年3月9日「石川県知事選挙、元金沢市長の山野之義氏が初当選 現職・馳浩氏ら破る」)
- NHKニュース(2026年3月「石川県知事選挙 新人の山野之義氏 現職ら抑え当選」)
- 選挙ドットコム(2026年3月「石川県知事選挙に立候補 山野之義氏の経歴・政策まとめ」)
- 一新塾公式サイト(山野之義氏講師プロフィール)
- 山野ゆきよし後援会事務所公式サイト(https://yamano-yukiyoshi.jp/)
注記:
- 本記事は公開されている報道情報および公的資料を基に作成されています
- 時系列は複数の報道機関の報道を照合し、正確性を確認しています
- 2014年のスキャンダルについては、郷原信郎弁護士と金沢大学法務研究科の佐藤美樹教授の見解(刑事責任は問えない)を参考にしています
- 馳浩氏の安倍派裏金問題は、東京地検特捜部が嫌疑不十分で不起訴、検察審査会が不起訴相当と議決しています(2024年12月〜2026年1月)
- 本記事は事実の客観的記述を目的としており、特定の政治的立場に偏らない中立的な記述を心がけています
- 山野之義氏は2026年3月27日に石川県知事に就任予定です







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