2023年9月、岸田文雄首相が突如発表した人事が、政財界・労働界に衝撃を与えた。
参院選で落選したばかりの元国民民主党参議院議員・矢田稚子氏を、賃金・雇用担当の内閣総理大臣補佐官に起用する「異例の抜擢」だった。
パナソニックで30年間勤務し、電機連合の労働組合幹部として女性活躍推進に尽力した矢田稚子氏は、2016年に民進党公認で参院選初当選、2022年の参院選で159,929票を獲得しながら惜しくも落選した。
野党議員経験者を政府の要職に起用する岸田首相の「したたか戦略」、国民民主党との連立構想、連合との関係──
そして2025年3月末、突然の退任が決まった矢田稚子氏の「1年半の補佐官生活」とは何だったのか?
パナソニック労組から国会議員、そして総理補佐官へと歩んだ矢田稚子氏の経歴と、野党から政府への転身の真相を徹底解説する。
矢田稚子のプロフィール

https://www.nikkei.com/
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 矢田稚子(やたわかこ) |
| 生年月日 | 1965年9月25日(60歳・2025年時点) |
| 出身地 | 大阪市浪速区 |
| 学歴 | 大阪府立寝屋川高等学校卒業(1984年3月) |
| 現職 | 矢田わか子政策研究所代表、官民連携DX女性活躍コンソーシアム代表理事 |
| 前職 | 松下電器産業株式会社(現パナソニックホールディングス)(1984年4月〜2014年、30年間)、 パナソニックグループ労働組合連合会副中央執行委員長、 電機連合男女平等政策委員長政治経歴参議院議員1期(2016年〜2022年)、 国民民主党副代表、国民民主党顧問 内閣総理大臣補佐官(賃金・雇用担当)(岸田内閣・石破内閣、2023年9月15日〜2025年3月31日) |
| 家族 | 夫、息子1人 |
| 特徴 | 労働組合出身の異色の総理補佐官、電機連合組織内候補、男女間賃金格差是正に注力 |
矢田稚子氏は、パナソニックで30年間勤務し、労働組合幹部として女性活躍推進に尽力した後、2016年に参議院議員に初当選した。
2022年の参院選で落選後、パナソニックに復職していたが、2023年9月に岸田文雄首相から突如、内閣総理大臣補佐官(賃金・雇用担当)に起用された。
2025年3月31日に補佐官を退任し、現在は政策研究所の代表として活動している。
詳しい経歴──パナソニック30年、労働組合幹部から国会議員へ

大阪市浪速区での生い立ちとパナソニック入社(1984年)
矢田稚子氏は、大阪府大阪市浪速区に生まれ、年齢は60歳(2025年11月時点)。
1984年3月、大阪府立寝屋川高等学校を卒業した。
1984年4月、矢田稚子氏は松下電器産業株式会社(現パナソニックホールディングス)に入社。
人事部総務課に配属され、その後経営企画なども担当。
大手企業の人事部門での経験は、矢田稚子氏に労働者の権利や労働環境に対する深い理解をもたらした。
労働組合活動と女性活躍推進(1984年〜2014年)
矢田稚子氏は、パナソニックで働きながら、労働組合活動に積極的に関わるようになった。
約20年前(2005年頃)、矢田稚子氏は出産を経験。
当時、夫は米国で働いていたため、家事・育児は完全にワンオペだった。
矢田稚子氏は、父親が肝臓がんで余命宣告を受けたことから、夫の帰国を待たずに結婚を決断した。
出産後すぐに父親が亡くなったが、生前に結婚式に参列してもらい、孫も抱いてもらえたという。
矢田稚子氏は、育児と仕事の両立に苦労しながらも、「産んだら、子育て手伝って」と近所に頼んで回り、地域の支えを得ながら働き続けた。
労働組合でのキャリア
- パナソニックグループ労働組合連合会で幹部を務める
- 2014年:パナソニックグループ労働組合連合会副中央執行委員長
- 2014年:電機連合男女平等政策委員長
矢田稚子氏は、女性の役付きを増やすなど、女性活躍推進に尽力した。
「女の子に無理」という逆風が吹く中、女性の地位向上に挑戦し続けた矢田稚子氏の活動は、労働界で高く評価された。
2016年参院選初当選──電機連合組織内候補として

https://go2senkyo.com/
2014年、矢田稚子氏はパナソニックを退社し、政治の世界に転身することを決意。
2016年7月10日、第24回参議院議員通常選挙が実施された。
矢田稚子氏は、電機連合の組織内候補として、民進党公認で比例区から立候補。
矢田稚子氏は初当選を果たし、参議院議員となった。
参議院議員としての活動
- 予算委員会理事
- 経済産業委員会理事
- 内閣委員会理事
- 男女共同参画、賃金格差是正、働き方改革などを中心に活動
2020年9月、立憲民主党と国民民主党が合流する新党が結成されたが、矢田稚子氏は産業別労働組合の支援を受ける国会議員として、新党への参加を見送った。
2020年9月、矢田稚子氏は玉木雄一郎氏を中心とする新「国民民主党」に入党。
国民民主党での役職
- 2020年10月〜:国民民主党副代表
- 2020年10月〜:男女共同参画推進本部長
- 2021年10月〜:国民民主党両院議員総会長兼務
2022年参院選落選──159,929票獲得も議席届かず

https://x.com/
2022年7月10日、第26回参議院議員通常選挙が実施された。
矢田稚子氏は、国民民主党公認で比例区から立候補する。
選挙結果
- 矢田稚子氏の得票数:159,929票
- 国民民主党比例候補者9人中4位
- 国民民主党が比例で獲得した議席:3議席
- 結果:落選
矢田稚子氏は、159,929票を獲得し、国民民主党のみならず全政党の落選者で最多得票となった。
しかし、国民民主党が獲得した3議席に届かず、惜しくも落選。
2022年8月、矢田稚子氏は国民民主党副代表を退任し、党顧問に就任した。
落選後、矢田稚子氏はパナソニックに復職した。
国民民主党関連については以下の記事で詳しく解説している。
2023年9月岸田首相による異例の抜擢──野党議員経験者を総理補佐官に

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2023年9月15日、岸田首相が矢田稚子氏を総理補佐官に任命
2023年9月13日、第2次岸田第2次改造内閣が発足した。
2023年9月15日、岸田文雄首相は、元国民民主党参議院議員の矢田稚子氏を、賃金・雇用担当の内閣総理大臣補佐官に任命。
矢田稚子氏は、Xに以下のように投稿した。
「本日、総理大臣補佐官に就任致しました。大変な重責ですが、これまでの経験を活かし、役割を果たして参ります。賃金と雇用の担当となりましたが、企業で長年働いてきた経験や、生活者視点も含め政策に生かし、働く人の声を国政に繋ぎたいと思います。」
矢田稚子氏の起用は、「異例の抜擢」として政財界・労働界に大きな衝撃を与えた。
異例である理由
- 参院選で落選したばかりの元野党議員
- 国民民主党の元副代表
- 労働組合出身
- 民間企業(パナソニック)に復職していた「民間人」
「岸田流したたか戦略」──国民民主党との連立構想

https://www.jiji.com/
岸田首相による矢田稚子氏の起用は、「岸田流したたか戦略」として報じられた。
岸田首相の思惑
- 国民民主党との連立構想の布石
- 野党分断戦略
- 連合傘下の民間労組を国民民主党から引きはがす選挙戦略
岸田政権は、かねてから国民民主党の自公連立政権への取り込みを模索していたとされる。
矢田稚子氏は電機連合の組織内候補であり、連合との強いパイプを持つ人物だった。
矢田稚子氏を総理補佐官に起用することで、岸田首相は連合との関係強化を図ったと見られている。
賃金・雇用担当補佐官としての役割

矢田稚子氏は、賃金・雇用担当の内閣総理大臣補佐官として、以下の役割を担った。
主な役割
- 男女間賃金格差是正に関する政府の作業チームを主導
- 全国各地で車座対話を実施
- 働く現場や公的機関を視察
- 賃上げ政策の推進
- 女性活躍推進
矢田稚子氏は、パナソニックでの30年間の企業経験、労働組合幹部としての経験を活かし、「働く人の声を国政に繋ぐ」ことに注力した。
連合と労働界の反応

矢田稚子氏の総理補佐官就任について、連合は公式に見解を発表した。
連合の見解(2023年9月28日)
- 矢田稚子氏の起用を歓迎
- 賃金・雇用問題への期待
- 働く人の声が政策に反映されることへの期待
一方で、野党からは批判の声も上がった。
野党の批判:
- 「野党の切り崩し」
- 「国民民主党からの引き抜き」
- 「選挙戦略に利用されている」
矢田稚子氏本人は、「政府の一員として、働く人のために全力を尽くす」と述べ、批判に応えた。
石破内閣でも続投──2つの政権で補佐官を務めた1年半

https://www.kantei.go.jp/
2024年10月石破内閣でも再任
2024年10月1日、石破茂首相を首班とする石破内閣が発足した。
通常、内閣が交代すると首相補佐官も退任することが多い。
しかし矢田稚子氏は、石破内閣においても引き続き内閣総理大臣補佐官(賃金・雇用担当)として再任される。
政権が変わっても矢田稚子氏の知見が必要とされたことは、賃金・雇用問題に対する政府の継続的な取り組みの重要性を示していた。
男女間賃金格差是正の取り組み
矢田稚子氏は、男女間賃金格差是正に特に力を入れた。
具体的な取り組み
- 男女間賃金格差是正に関する政府作業チームの主導
- 企業への情報開示要請
- 女性管理職比率の向上
- 同一労働同一賃金の推進
矢田稚子氏は、パナソニックでの経験から、企業内での女性活躍推進の重要性を痛感しており、政府の立場からこの問題に取り組んだ。
全国各地での車座対話
矢田稚子氏は、「働く皆さん、企業の皆さんのご意見を幅広くお伺いしながら、施策の検討に活かしたい」として、全国各地で車座対話を実施した。
車座対話の内容
- 働く現場の視察
- 企業経営者との対話
- 労働組合との意見交換
- 地方創生の観点からの賃金・雇用政策
矢田稚子氏は、首相官邸に閉じこもるのではなく、現場に足を運び、生の声を聞くことを重視した。
「官邸の異分子」としての評価

矢田稚子氏は、労働組合出身という異色の経歴を持つ総理補佐官として、「官邸の異分子」と呼ばれることもあった。
評価されたポイント
- 企業での実務経験が豊富
- 労働者の視点を持っている
- 現場主義
- 女性活躍推進への強い意欲
一方で、矢田稚子氏は後に「アウェイ感があった」と語っている。
官僚出身者が多い官邸の中で、企業・労組出身の矢田稚子氏は、独自の立場から政策提言を行った。
石破内閣関連については以下の記事で詳しく解説している。
2025年3月突然の退任──「あまりに突然で戸惑った」

https://news.goo.ne.jp/
2025年3月28日退任発表
2025年3月28日、政府は矢田稚子氏が内閣総理大臣補佐官を退任することを発表した。
矢田稚子氏は、Xに以下のように投稿した。
「本日、すでに多くの報道が出ていますが、3月末をもって、総理大臣補佐官を退任することとなりました…。1年半にわたり、岸田総理、石破総理のもと、初の賃金・雇用担当補佐官として働かせていただきました。」
矢田稚子氏は、2025年3月31日付で退任した。
退任理由は明らかにされず

矢田稚子氏の退任について、政府は具体的な理由を明らかにしなかった。
考えられる理由
- 政権交代の準備(高市早苗政権への移行が近いとの観測)
- 役割の終了
- 本人の意向
しかし、明確な説明がないため、真相は不明である。
矢田稚子氏の心境「突然だったので戸惑った」
矢田稚子氏は、退任についてのインタビューで、以下のように語っている。
「あまりに突然だったので、戸惑った」
矢田稚子氏自身も、退任が突然であったことを認めている。
矢田稚子氏は、「もっと続けたかった」という思いもあったと推測される。
1年半の補佐官生活を振り返って
矢田稚子氏は、補佐官退任後、ABEMAのインタビューで補佐官生活を振り返っている。
矢田稚子氏の振り返り
- 「アウェイ感があった」
- 「忙しいにもほどがある…正直コロナに救われた」(参議院議員時代)
- 「官邸の異分子として、さまざまな提言を行ってきた」
- 「働く世代や若者、そして女性たちの未来を明るくするための政策提言に取り組んできた」
矢田稚子氏は、1年半の補佐官生活を通じて、賃金・雇用問題、特に男女間賃金格差是正に全力で取り組んだ。
矢田稚子の政治的立場と評価──労働組合出身の異色の政治家

労働組合出身という異色の経歴
矢田稚子氏は、労働組合出身という異色の経歴を持つ政治家である。
一般的な政治家の経歴
- 官僚出身
- 地方議員出身
- 世襲政治家
矢田稚子氏は、これらのいずれにも該当しない。
矢田稚子氏の経歴の特徴
- 民間企業(パナソニック)で30年間勤務
- 労働組合幹部として活動
- 電機連合の組織内候補として政界進出
この経歴は、日本の政治家の中では極めて珍しい。
連合・電機連合との関係
矢田稚子氏は、連合傘下の電機連合の組織内候補として政界に進出した。
電機連合とは
- 電機業界の労働組合の連合体
- パナソニック、日立、東芝、三菱電機などの労組が加盟
- 連合の有力団体
矢田稚子氏は、電機連合の全面的な支援を受けて、2016年の参院選で初当選した。
2022年の参院選では、矢田稚子氏は159,929票を獲得したが、国民民主党の議席配分の関係で落選。
2023年7月、電機連合は「世代交代」を理由に、次の参院選では矢田稚子氏を推さないと決定した。
矢田稚子氏自身も、パナソニックに復職するとして、次期参院選への不出馬を表明していた。
評価と批判

矢田稚子氏の政治活動には、評価と批判の両方がある。
評価されているポイント
- 企業での実務経験が豊富
- 労働者の視点を持っている
- 女性活躍推進に熱心
- 現場主義
- 賃金格差是正に尽力
批判されているポイント
- 「野党の切り崩し」に加担したとの批判(野党支持者から)
- 国民民主党を裏切ったとの批判
- 政府に取り込まれたとの批判
矢田稚子氏は、これらの批判に対して、「働く人のために全力を尽くす」という姿勢を貫いた。
女性活躍推進への貢献
矢田稚子氏は、パナソニック時代から一貫して女性活躍推進に取り組んできた。
矢田稚子氏の女性活躍推進活動
- パナソニックで女性の役付きを増やす
- 電機連合で男女平等政策委員長を務める
- 参議院議員として男女共同参画を推進
- 総理補佐官として男女間賃金格差是正を主導
矢田稚子氏の活動は、日本の女性活躍推進に一定の貢献をしたと評価されている。
矢田稚子の家族とプライベート

https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/
夫と息子──ワンオペ育児の経験
矢田稚子氏には、夫と息子が1人いる。
約20年以上前(2002年頃)、矢田稚子氏は出産を経験した。
当時、夫は米国で働いていたため、矢田稚子氏は完全なワンオペ育児だった。
矢田稚子氏は、インタビューで以下のように語っている。
「家事・育児は完全に私のワンオペでした。」
矢田稚子氏は、「産んだら、子育て手伝って」と近所に頼んで回り、地域の支えを得ながら働き続けた。
この経験が、矢田稚子氏の女性活躍推進への強い思いにつながっている。
父親の死と結婚・出産
矢田稚子氏は、夫の帰国を待って結婚・出産する予定だった。
しかし、父親が肝臓がんで余命宣告を受けたため、矢田稚子氏は夫の帰国を待たずに結婚することを決断した。
矢田稚子氏は、以下のように語っている。
「彼が帰国してから結婚、出産する予定だったのですが、私の父親が肝臓がんになって余命宣告を受けたこともあり、帰国を待たず結婚することに。私が出産後、すぐ父は亡くなりましたが、生前、結婚式には参列してもらい、孫も抱いてもらえました。」
父親の死は、矢田稚子氏に大きな影響を与えた。
座右の銘「意志あるところに道は拓ける」

矢田稚子氏の座右の銘は、「意志あるところに道は拓ける」である。
この言葉は、矢田稚子氏の生き方を象徴している。
パナソニックで30年間働き、労働組合幹部として女性活躍推進に尽力し、国会議員となり、総理補佐官を務めた矢田稚子氏の人生は、まさに「意志あるところに道は拓ける」を体現したものである。
まとめ──矢田稚子と「労組出身政治家」の可能性

https://mainichi.jp
労働組合から政界へという新しいキャリアパス
矢田稚子氏は、労働組合から政界へという新しいキャリアパスを開拓した人物である。
従来、労働組合出身の国会議員は一定数存在したが、総理補佐官という政府の要職に就いた例は珍しい。
矢田稚子氏の経歴は、労働組合出身者が政治の世界で活躍できる可能性を示した。
岸田首相の「したたか戦略」の成否
岸田首相は、矢田稚子氏を総理補佐官に起用することで、国民民主党との連立構想、連合との関係強化を図った。
しかし、2024年の衆議院選挙で自民党は大敗し、岸田首相は退陣。
国民民主党は自民党との連立に参加せず、閣外協力にとどまった。
岸田首相の「したたか戦略」は、必ずしも成功したとは言えない。
一方で、矢田稚子氏が石破内閣でも続投したことは、矢田稚子氏の専門性が評価されていたことを示している。
補佐官退任後の活動と今後の展望

2025年3月31日に総理補佐官を退任した矢田稚子氏は、現在以下の活動を行っている。
現在の活動
- 矢田わか子政策研究所代表
- 官民連携DX女性活躍コンソーシアム代表理事
- 取材対応、ラジオ出演
- 「職場における女性活躍」「女性活躍プロジェクト」についての情報発信
矢田稚子氏は、政治家としては「一旦卒業」を宣言しているが、政策研究所の代表として活動を継続している。
今後の可能性
- 政界復帰の可能性
- 企業への復職
- 政策提言活動の継続
矢田稚子氏は、「未来ある若者・女性が『この地域に残っていきたい』『地元に戻りたい』と、そう思える地域社会を作っていかなければならない」と語っており、今後も女性活躍推進や賃金格差是正に取り組む姿勢を示している。
権力ウォッチの視点

『権力ウォッチ』は、矢田稚子氏の動向を今後も追い続ける。
注目ポイント
- 政界復帰の可能性
- 国民民主党との関係
- 連合・電機連合との関係
- 女性活躍推進の今後
- 労働組合出身政治家の可能性
矢田稚子氏は、パナソニックで30年間働き、労働組合幹部として女性活躍推進に尽力し、国会議員を経て、総理補佐官を務めた。
野党議員経験者を政府の要職に起用するという「異例の抜擢」は、岸田首相の「したたか戦略」の一環だった。
1年半の補佐官生活を終えた矢田稚子氏が、今後どのような活動を展開するのか?
労働組合出身という異色の経歴を持つ矢田稚子氏の今後の動向を、『権力ウォッチ』は注視し続ける。
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