広島県知事として4期16年にわたり県政を担った湯崎英彦氏は、通商産業省の官僚から通信ベンチャー創業者を経て知事に就任した異色の経歴を持つ。
東京大学法学部卒業後、通商産業省に入省し、資源エネルギー庁原子力産業課課長補佐、通商政策局米州課課長補佐を歴任した湯崎英彦氏。
シリコンバレーのベンチャーキャピタルで学び、2000年に通信ベンチャー「アッカ・ネットワークス」を創業してJASDAQ上場を果たした後、2009年に広島県知事に初当選した。
「イノベーション立県」を掲げて産業振興や起業支援に注力し、2025年8月の被爆80年平和記念式典では「核抑止はフィクション」と述べて全国的な注目を集めた。
通産官僚としてのキャリア、ベンチャー企業の創業と上場、そして広島県政への影響力── 湯崎英彦氏の経歴と4期16年の長期政権が築いた広島の権力構造を徹底解説する。
湯崎英彦のプロフィール

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| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 湯崎英彦(ゆざき ひでひこ) |
| 生年月日 | 1965年10月4日(60歳・2025年時点) |
| 出身地 | 広島県広島市佐伯区(旧・佐伯郡五日市町) |
| 学歴 | 広島市立五日市南小学校卒業、広島大学附属中学校・高等学校卒業、東京大学法学部卒業、スタンフォード大学経営大学院MBA取得 |
| 現職 | 広島県知事(2009年11月29日〜2025年11月28日退任予定) |
| 前職 | 通商産業省(現・経済産業省)官僚、株式会社アッカ・ネットワークス代表取締役副社長 |
| 任期 | 第1期(2009年〜2013年)、第2期(2013年〜2017年)、第3期(2017年〜2021年)、第4期(2021年〜2025年) |
| 父親 | 湯崎稔(社会学者、広島大学総合科学部元教授、原爆の社会的影響研究者) |
| 家族 | 妻と3人の子供(二男一女)の5人家族 |
湯崎英彦氏は、広島県広島市佐伯区出身で、通商産業省の官僚を経て通信ベンチャーを創業し、2009年に広島県知事に就任。
「イノベーション立県」を掲げて産業振興やスタートアップ支援に注力し、2021年の知事選で4選を果たした。
2025年8月20日、湯崎英彦氏は5選不出馬を表明し、「4期は一つの区切りだ」と述べて、16年間にわたる知事職から退任することを発表した。
詳しい経歴──通産官僚からベンチャー起業、広島県知事へ

広島での生い立ちと父親の影響
湯崎英彦氏は1965年10月4日、広島県佐伯郡五日市町(現在の広島市佐伯区)に生まれた。
父親の湯崎稔氏は社会学者で、広島大学総合科学部の元教授である。
湯崎稔氏は原爆の社会的影響に関する研究者として知られ、被爆者の証言テープ151本を収集するなど、原爆研究に深く関わっていた。

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この父親の研究姿勢が、後に湯崎英彦氏が広島県知事として平和活動や核廃絶活動に積極的に取り組む原点となる。
湯崎英彦氏は1978年に広島市立五日市南小学校を卒業し、1981年に広島大学附属中学校を卒業した。
1985年、広島大学附属高等学校を卒業。
高校在学時には交換留学で米国カリフォルニア州サクラメントに1年間留学し、国際的な視野を広げた。
東京大学法学部とスタンフォード大学MBA

1990年3月、湯崎英彦氏は東京大学法学部を卒業した。
東京大学法学部は日本最高峰の法学部であり、官僚や政治家の登竜門として知られている。
湯崎英彦氏は大学時代、アメリカンフットボール部で活動し、鼻の骨を折るほど熱心に取り組んでいた。

また、大学の卒業旅行で北海道を訪れた際、同じ旅館に泊まっていた関西出身の女性と出会い、後に結婚することになる。
湯崎英彦氏は現在、妻と3人の子どもたちの5人家族。
妻は一般の方で、湯崎英彦氏より3歳年下とされている。
子どもたちは息子2人と娘1人の3人兄妹。
長男は2002年生まれで現在22歳(2025年時点)の社会人、娘にあたる長女は2004年生まれで現在20歳、次男は2010年生まれで中学2年生。
第3子の誕生時に都道府県知事として初めて育児休暇を取得し、話題となった。

1995年6月、湯崎英彦氏は国費留学でスタンフォード大学経営大学院(MBA)を修了。
スタンフォード大学はシリコンバレーの中心に位置し、起業家精神とイノベーションの発信地として知られている。
湯崎英彦氏はここで経営戦略とベンチャービジネスを学び、後の起業につながる知識と人脈を築いた。
通商産業省での10年間

1990年4月、湯崎英彦氏は東京大学法学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省した。
通商産業省での経歴
- 1990年:機械情報産業局総務課及び自動車課(通商問題担当)
- 中小企業庁計画部計画課総括係長
- 1995年:資源エネルギー庁原子力産業課課長補佐
- 1997年:通商政策局米州課課長補佐
- 1998年:イグナイト・グループ(米国シリコンバレーベンチャーキャピタル)出向
湯崎英彦氏は、自動車産業の通商問題、原子力産業政策、対米通商政策など、日本の産業政策の中核を担う部署を歴任。
特に資源エネルギー庁原子力産業課では、日本のエネルギー政策に関与し、原子力発電所の建設や運営に関する政策立案に携わった。
1998年、湯崎英彦氏は米国シリコンバレーのベンチャーキャピタル「イグナイト・グループ」に出向する。
シリコンバレーでベンチャー投資の最前線を経験した湯崎英彦氏は、「起業環境の重要性」を肌で感じ、自ら起業する決意を固めた。
2000年3月、湯崎英彦氏は35歳で通商産業省を退官。
アッカ・ネットワークス創業とJASDAQ上場

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2000年3月、湯崎英彦氏は通商産業省を退官した直後、株式会社アッカ・ネットワークスを設立した。
アッカ・ネットワークスは、ADSLインターネット回線を提供する通信ベンチャーである。
湯崎英彦氏の役職:
- 2000年3月:株式会社アッカ・ネットワークス設立、代表取締役CEO就任
- 2000年12月:代表取締役副社長に就任
湯崎英彦氏は、自らCEOではなく副社長の立場を選んだ。
これは、経営の専門家を社長に招き、自身は事業戦略や財務に集中する「官僚組織型の経営」を選択したためである。
アッカ・ネットワークスの成長:
- 2000年11月:ADSLサービスの無料提供を開始(モニター募集)
- 2001年:下り最大通信速度8Mbpsのサービス開始
- 2002年:下り最大通信速度12Mbpsに高速化
- 2004年:下り最大通信速度50Mbpsに高速化
- 2005年3月4日:JASDAQ市場に株式上場
アッカ・ネットワークスは、湯崎英彦氏の経営手腕により、年商400億円、純利益30億円を超える企業に成長。
NTTコミュニケーションズやイグナイト・グループと資本出資を含む戦略的事業提携を行い、競争の激しい通信業界で存在感を示した。
しかし、2008年にアッカ・ネットワークスはイー・アクセスと資本・業務提携を行い、イー・アクセスの子会社となった。
2008年3月、湯崎英彦氏はアッカ・ネットワークスの取締役を退任し、Office Y(アドバイザリー/コンサルティング業務)を設立。
2009年6月25日、アッカ・ネットワークスはイー・アクセスに吸収合併された。
湯崎英彦氏は、起業家としての経験を活かし、次のキャリアとして広島県知事選挙への出馬を決意する。
2009年広島県知事選挙──官僚・起業家から政治家へ

出馬表明と選挙戦の構図
2009年、広島県知事選挙に向けて、湯崎英彦氏は立候補を表明。
当時の広島県知事は藤田雄山氏で、4期16年務めた後に引退することが決まっていた。
広島県知事選挙は、湯崎英彦氏を含む5名が立候補する混戦となった。
主な立候補者:
- 湯崎英彦(無所属、元通産官僚・起業家)
- 河井案里(無所属、元参議院議員秘書)
- 村上昭二(無所属)
- 川元康裕(無所属)
- 柴崎美智子(無所属)
湯崎英彦氏は、通商産業省の官僚としてのキャリアと、ベンチャー企業をJASDAQ上場まで育て上げた実績を前面に押し出した。
自民党・民主党の支援
湯崎英彦氏は無所属で立候補したが、実質的には自民党と民主党の支援を受けた。
選挙支援の構図:
- 県議会の自民党最大会派:支援
- 民主党会派:支援
湯崎英彦氏は、保守と革新の両方から支持を受ける「オール広島」の構図を築いた。
当時は民主党政権が誕生する直前であり、政治の変革期であった。
湯崎英彦氏は「しがらみを断つ」「新しい広島県政」をスローガンに掲げ、既存の政治構造に変革を訴えた。
「イノベーション立県」と行政改革
湯崎英彦氏は、選挙戦で「イノベーション立県」というビジョンを掲げた。
主な公約:
- 産業振興とイノベーション創出
- 起業支援とベンチャー育成
- 行政改革と成果主義の導入
- 県の管理職に年俸制を適用
- 多選自粛(3期12年が上限)
湯崎英彦氏は、通産省官僚とベンチャー経営者の経験を活かし、「民間の成果主義を県政に反映させる」と訴えた。
初当選──過半数を超える圧勝
2009年11月8日、広島県知事選挙が投開票された。
選挙結果:
- 当選:湯崎英彦 395,638票
- 落選:河井案里 195,623票
- 落選:村上昭二 77,515票
- 落選:川元康裕 57,846票
- 落選:柴崎美智子 29,646票
湯崎英彦氏は、投票者数の過半数を超える395,638票を獲得し、圧勝した。
2009年11月29日、湯崎英彦氏は広島県知事に正式に就任。
当時44歳の湯崎英彦氏は、全国の都道府県知事の中でも若手であり、「起業家知事」として注目を集めた。
4期16年の長期政権──「イノベーション立県」と権力構造

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2013年知事選挙──2選(自民・公明・民主推薦)
2013年11月10日、広島県知事選挙が投開票された。
湯崎英彦氏は、自民党、公明党、民主党の推薦を受けて選挙に臨む。
選挙結果:
- 当選:湯崎英彦 646,316票
- 落選:大西理 81,141票
湯崎英彦氏は、対立候補を大差で破り、再選を果たす。
2期目の湯崎英彦氏は、「イノベーション立県」の具体化に着手した。
2017年知事選挙──3選(自民・公明・民進推薦)
2017年11月12日、広島県知事選挙が投開票された。
湯崎英彦氏は、自民党、公明党、民進党の推薦を受けて選挙に臨んだ。
選挙結果:
- 当選:湯崎英彦 647,315票
- 落選:高見篤己(共産党推薦) 71,353票
湯崎英彦氏は、圧倒的な得票で3選を果たした。
しかし、初当選時に「多選自粛」を掲げていた湯崎英彦氏は、記者会見で「4期は長過ぎる」と発言していた。
3選後、湯崎英彦氏は「4期目については慎重に考える」と述べたが、結局4選に挑戦することになった。
2021年知事選挙──4選
2021年11月14日、広島県知事選挙が投開票された。
選挙結果:
- 当選:湯崎英彦 得票数非公開(圧勝)
- 落選:対立候補
湯崎英彦氏は、4選を果たす。
当日有権者数: 230万4302人
投票率: 34.67%(前回比3.58ポイント上昇)
湯崎英彦氏の4期目の任期は、2021年11月29日から2025年11月28日までとなった。
年俸制導入と行政改革
湯崎英彦氏は、知事就任後、全国の都道府県で初めて県の管理職に年俸制を適用すると発表した。
2010年10月発表:
- 2011年度以降、県の管理職に年俸制を適用
- 民間の成果主義を県政に反映
湯崎英彦氏は、官僚と民間企業双方での勤務経験を活かし、行政改革を推進した。
主な行政改革:
- 県政運営の「3つの視座」:県民起点、現場主義、予算志向から成果志向への転換
- 「広島県職員の行動理念」の策定
- 管理職の年俸制導入
湯崎英彦氏の行政改革は、全国の地方自治体から注目を集めた。
しかし、年俸制の導入により、一部の職員から「成果主義が行き過ぎている」との批判も出た。
「イノベーション立県」と政府・経済産業省との関係

ひろしまサンドボックスと起業支援
湯崎英彦氏は、「イノベーション立県」の実現に向けて、2018年4月に「ひろしまサンドボックス」を創設した。
ひろしまサンドボックスは、県内外の企業が連携し、デジタル技術を使って様々な産業や地域の課題解決を試行錯誤して共創する場である。
「砂場(サンドボックス)」のように何度も試行錯誤できる場をつくろうということで命名された。
ひろしまサンドボックスの特徴:
- 広島県を丸ごと実証フィールドとして提供
- 当初3年で10億円を投資(県としては異例の規模)
- 県内外のスタートアップや大企業が参加
湯崎英彦氏は、自身のシリコンバレーでの経験とアッカ・ネットワークスでの起業経験を活かし、起業支援に注力した。
内閣府スタートアップ・エコシステム拠点都市
2019年、内閣府がスタートアップ・エコシステム拠点都市を選定した際、広島県は札幌・北海道や仙台、北九州と並ぶ「推進拠点都市」に選定された。
これは、湯崎英彦氏の「イノベーション立県」政策が政府に評価された結果である。
広島県の取り組み:
- 県立広島大学にMBA(経営専門職大学院)を開講(2016年)
- 「ひろしまイノベーションリーダー養成塾」の開講
- 「広島未来チャレンジ資金」(大学院等で高度な知識を身につける人への無利子貸付制度)
湯崎英彦氏は、産業人材の育成に力を入れ、広島県を「イノベーション創出の拠点」として確立しようとした。
通産省人脈と政府への影響力
湯崎英彦氏は、通商産業省(現・経済産業省)出身であり、政府や経済産業省との強いパイプを持っている。
通産省人脈の影響力:
- 経済産業省の政策立案に影響
- 産業振興や地方創生政策での連携
- 政府の補助金や交付金の獲得
湯崎英彦氏は、通産省時代の人脈を活かし、広島県に有利な政策や予算を引き出してきた。
これは、通産官僚出身知事の強みであり、広島県の権力構造を形成する一因となった。
G7広島サミットと国際的プレゼンス

2023年5月、G7広島サミット(主要国首脳会議)が開催された。
湯崎英彦氏は、広島サミットの誘致と開催に尽力し、各国首脳と被爆者の対話の実現を岸田文雄首相に直接働きかけた。
G7広島サミットでの湯崎英彦氏の役割:
- 各国首脳へ平和の問題を深く考えてもらう土台として被爆の実態に触れることに尽力
- 首脳パートナープログラムで厳島神社の「蘭陵王」を鑑賞する機会を提供
- 広島の観光・経済への貢献
G7広島サミットの成功により、湯崎英彦氏の国際的なプレゼンスは大きく向上した。
湯崎英彦氏は、広島県知事としてだけでなく、国際的な平和活動のリーダーとしての地位を確立する。
2025年8月平和記念式典での演説──「核抑止はフィクション」

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被爆80年の平和記念式典
2025年8月6日、広島市は被爆から80回目となる「原爆の日」を迎え、平和記念公園で「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)を開いた。
戦後80年を迎える今回は、過去最多120の国と地域の代表が参列。
広島市の松井一実市長が平和宣言で核兵器廃絶をあらためて訴え、石破茂首相、そして広島県の湯崎英彦知事もあいさつを行った。
「核抑止はフィクション」発言の内容
湯崎英彦氏は、平和記念式典のあいさつで、核抑止論に対して強い疑問を投げかけた。
湯崎英彦氏の演説内容
「被爆80年目の8月6日を迎えるにあたり、原爆犠牲者の御霊に、広島県民を代表して謹んで哀悼の誠を捧げます。そして、今なお苦しみの絶えない被爆者や御遺族の皆様に、心からお見舞いを申し上げます」
「草木も生えぬと言われた75年からはや5年、被爆から3代目の駅の開業など広島の街は大きく変わり、世界から観光客が押し寄せ、平和と繁栄を謳歌しています。しかし同時に、法と外交を基軸とする国際秩序は様変わりし、剥き出しの暴力が支配する世界へと変わりつつあり、私達は今、この繁栄が如何に脆弱なものであるかを痛感しています」
「このような世の中だからこそ、核抑止がますます重要だと声高に叫ぶ人たちがいます。しかし本当にそうなのでしょうか」
「抑止とは、あくまで頭の中で構成された概念または心理、つまりフィクションです」
「歴史が証明するように、力の均衡による抑止は繰り返し破られてきました。自信過剰な指導者の出現、突出したエゴ、高揚した民衆の圧力、あるいは誤解や錯誤により抑止は破られてきた」
「核抑止の維持には年間14兆円以上が費やされている。その一部でも核なき新たな安全保障の構築にこそ頭脳と資源を注ぐべきだ」
「核兵器廃絶は遠い理想ではなく、実現しなければ死も意味しうる、現実的かつ具体的な目標である」
「我々も決して諦めず、粘り強く、核兵器廃絶という光に向けて這い進み、人類の、地球の生と安全を勝ち取ろうではありませんか」
全国的な反響と称賛の声
湯崎英彦氏の演説は、全国的な注目を集めた。
式典後、「広島原爆の日」「平和祈念式典」「広島県知事」などの関連ワードが続々とXのトレンドワード入りを果たす。
称賛の声
タレントの荻野目洋子氏:
「広島記念式典中継を見て。湯崎県知事の言葉に強い言霊があった。社会学者で、原爆についての調査をされていた父、湯崎稔さんから受け継いだ想いが含まれているのだと察する、重みあるメッセージ」
日本共産党支持者:
「湯崎英彦広島県知事の内外で高まる『核抑止論』への全面批判のあいさつは、何よりもその内容と、時折参列者に目を上げる語り方も素晴らしかった」
一般市民:
「核抑止論でずっとモヤモヤしてた所に明確な答え出してくれた。分かりやすいし、ストンと腑に落ちる。やっぱり平和って功績じゃなくて義務だよなあ」
湯崎英彦氏の演説は、核抑止論に対する明確な批判として、多くの共感を呼んだ。
父・湯崎稔からの影響

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湯崎英彦氏の平和へのメッセージは、父・湯崎稔氏の研究から受け継いだものである。
湯崎稔氏は社会学者として、広島大学総合科学部で原爆の社会的影響について研究を行っていた。
湯崎稔氏は、被爆者の証言テープ151本を収集し、爆心地の暮らしや原爆投下後の状況を記録した。
湯崎英彦氏は、父親の研究姿勢と原爆への向き合い方を受け継ぎ、広島県知事として核廃絶活動に取り組んできた。
湯崎英彦氏の平和活動:
- 2017年3月:ローマ法王庁でパロリン国務長官と面会し、核兵器廃絶に向けた連携を協議
- 2019年11月:教皇の広島訪問(38年ぶり)を実現
- 2025年8月:カザフスタンで核廃絶を呼びかけ
湯崎英彦氏は、父親から受け継いだ平和への想いを、広島県知事として体現してきた。
批判と課題──政治資金規正法違反と長期政権の弊害

2021年政治資金規正法違反疑惑
2021年12月、湯崎英彦氏の後援会が、政治資金規正法の上限を実質的に超える寄付金を受け取っていたことが明らかになった。
疑惑の内容:
- 時期:2013年と2014年
- 寄付者:東京都の会社役員
- 金額:年300万円ずつ(2年間で合計600万円)
- 問題点:政治資金規正法の上限を実質的に超える
政治資金規正法では、個人が政治家の後援会に寄付できる上限は年間150万円と定められている。
しかし、湯崎英彦氏の後援会は、同一人物から年300万円ずつの寄付を受けていた。
湯崎英彦氏は「法的には問題ない」と説明したが、実質的には上限を超えた寄付であり、政治資金規正法の趣旨に反するとの批判が出た。
多選自粛の公約と矛盾
湯崎英彦氏は、2009年の初当選時に「多選自粛」を公約に掲げていた。
初当選時の発言:
- 「知事の在任期間は3期12年が適切」
- 「4期は長すぎる。考え方が硬直化してしまうこともあり得る」
しかし、湯崎英彦氏は3選後も4選に挑戦し、結局4期16年務めることになった。
2017年の3選後、記者から「4期目について」問われた際、湯崎英彦氏は「4期は長過ぎると発言したが、状況を見て判断する」と述べた。
2021年、湯崎英彦氏は4選に挑戦し、当選。
多選自粛の公約を反故にしたことについて、湯崎英彦氏は「県政の継続性を考慮した」と説明したが、公約違反との批判は免れなかった。
産廃問題からの逃避
湯崎英彦氏は、平和記念式典での素晴らしい演説で全国的な称賛を受けた。
しかし、地元広島県では、産業廃棄物問題への対応が不十分だとの批判が出ていた。
広島県内の地方議員からは、「湯崎さんは平和記念式典のスピーチは良いが、本業の県政で産廃問題から逃げないでください」との声が上がった。
湯崎英彦氏は、平和活動や国際的なプレゼンスに力を入れる一方で、地元の環境問題や生活に密着した課題への対応が後手に回っているとの指摘である。
県民からの評価と批判

湯崎英彦氏の16年間の県政については、県民から評価と批判が分かれている。
評価の声:
- 「イノベーション立県」政策により、広島県のスタートアップ支援が充実した
- G7広島サミットの誘致と成功
- 観光プロモーション(「おしい!広島県」など)の成功
- 広島レモンのブランド化
- 平和活動への貢献
批判の声:
- 多選自粛の公約違反
- 政治資金規正法違反疑惑
- 産廃問題などへの対応不足
- 「イノベーション立県」の成果が不明確
- 長期政権による権力の固定化
湯崎英彦氏は、4期16年という長期政権を築いたが、その評価は分かれている。
まとめ──湯崎英彦と通産官僚出身知事の権力構造

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通産官僚から知事へのキャリアパス
湯崎英彦氏は、通商産業省の官僚からベンチャー企業の創業者を経て、広島県知事に就任した。
このキャリアパスは、日本の地方政治において特異である。
湯崎英彦氏のキャリアの特徴:
- 通商産業省で産業政策の中枢を担当
- シリコンバレーでベンチャー投資を経験
- 通信ベンチャーを創業してJASDAQ上場
- 広島県知事として「イノベーション立県」を推進
湯崎英彦氏は、官僚としての政策立案能力と、起業家としての経営手腕を併せ持つ。
この経歴が、湯崎英彦氏の広島県政における権力基盤を形成した。
4期16年の長期政権と権力の固定化
湯崎英彦氏は、2009年から2025年まで、4期16年にわたり広島県知事を務めた。
長期政権の特徴:
- 自民党・公明党・民主党(民進党)の推薦を受け続けた
- 圧倒的な得票で再選を繰り返した
- 通産省人脈を活かして政府との強いパイプを構築
- G7広島サミットなど、国際的なプレゼンスを確立
湯崎英彦氏の長期政権は、広島県政における権力構造を固定化した。
通産省出身という経歴が、経済産業省との強いパイプを生み、広島県に有利な政策や予算を引き出すことを可能にした。
しかし、長期政権の弊害として、多選自粛の公約違反、政治資金規正法違反疑惑、地元の課題への対応不足などの批判も出た。
5選不出馬の決断

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2025年8月19日、湯崎英彦氏は同年11月に実施予定の広島県知事選挙へ出馬しない意向を周辺に伝えていると各社が報じた。
2025年8月20日、湯崎英彦氏は記者会見で不出馬を正式表明する。
湯崎英彦氏の発言:
- 「4期16年を務め、そろそろ退任だと考えた」
- 「4期は一つの区切りだ」
湯崎英彦氏は、初当選時に「5期目については考え方が硬直化してしまうこともあり得る」と懸念点を口にしており、多選の弊害も意識したとみられる。
政治活動は今後も続ける意向を示し、衆院選や広島市長選への挑戦の可能性を記者から問われると、「今後考える話だ」と繰り返し、肯定も否定もしなかった。
広島商工会議所の池田晃治会頭は「突然のことで大変驚いている。熟慮された上での決断だと思うが、長年にわたり広島県の舵取りを担い、スタートアップ支援をはじめとする産業振興、観光プロモーションなど、広島県の発展に尽力された功績に深く敬意を表し感謝を申し上げたい」とコメント。
広島県議会の中本隆志議長は「まさかこのタイミングだとは想定していなかった。知事は任期を重ね、強いリーダーシップで自分が提案したことを実行してきた。続けると思っていたから衝撃を受けた」とコメントした。
湯崎英彦氏の退任により、2009年から続いた長期政権に終止符が打たれることになった。
2025年11月9日に初当選を果たし、初の女性知事として次の広島県知事に就任が決まった横田美香氏については、以下の記事で詳しく解説している。

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権力ウォッチの視点

『権力ウォッチ』は、湯崎英彦氏の4期16年の長期政権を検証し、今後の広島県政を注視する。
注目ポイント:
- 通産官僚出身知事が築いた権力構造の実態
- 経済産業省との強いパイプがもたらした政策と予算
- 「イノベーション立県」の成果と課題
- 長期政権の弊害と多選自粛の公約違反
- 政治資金規正法違反疑惑の真相
- 退任後の政治活動の行方
湯崎英彦氏の4期16年の長期政権は、通産官僚出身知事が地方政治でどのような権力構造を築くかを示す典型例である。
官僚としての政策立案能力、起業家としての経営手腕、そして通産省人脈を活かした政府とのパイプ──
湯崎英彦氏は、これらを駆使して広島県政に大きな影響を与えた。
しかし、長期政権の弊害として、多選による権力の固定化、公約違反、地元の課題への対応不足などの問題も浮き彫りになった。
湯崎英彦氏の退任後、広島県政がどのように変化するのか、そして湯崎英彦氏自身が今後の政治活動でどのような役割を果たすのかが注目される。
通産官僚出身知事の権力構造を検証し、地方政治における官僚出身者の影響力を監視し続けることが、『権力ウォッチ』の使命である。



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