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小池淳義(ラピダス社長)の経歴と政府の半導体戦略|累計2.9兆円国策企業の真相

国策企業

「確証がなかったが、今は本当にいけるかもしれないと思える」

2025年7月、ラピダスの小池淳義社長が日本経済新聞のインタビューでこう語った。

73歳の社長の言葉としては、やや内省的に過ぎるようにも聞こえる。

しかしこの正直さが、小池という人物の本質を示している。

2ナノメートル半導体の量産という、世界でもTSMCなど数社しか到達していない技術的頂点を目指しながら、「まだ1.5合目」と自ら言い切る。

成功を誇示するのではなく、道の険しさを直視したまま前進する。

20年以上前にトレセンティテクノロジーズという会社を失敗させた経験が、この慎重さと誠実さを育てたのかもしれない。

政府が累計2.9兆円を投じる国策企業の社長として、小池淳義とラピダスの実態を徹底解説する。

小池淳義のプロフィール

氏名小池淳義(こいけあつよし)
生年月日1952年生まれ(73歳・2025年時点)
出身地千葉県(広島県呉市の高校を卒業)
学歴早稲田大学理工学部卒業(1976年)/早稲田大学大学院理工学研究科修了(1978年)/東北大学大学院 工学博士号取得
現職ラピダス株式会社 代表取締役社長(2022年8月〜)
主な前職日立製作所 半導体グループ生産技術本部長/トレセンティテクノロジーズ社長(2002年)/サンディスク日本法人社長(2006年)/ウエスタンデジタルジャパン代表取締役(2018年)
専門分野半導体製造技術・ドライエッチング・生産技術
その他日本社会人アメリカンフットボール協会会長/著書「人工知能が人間を超える シンギュラリティの衝撃」(PHP研究所、2017年)

日立の半導体技術者として40年──博士号を持つ叩き上げ

小池淳義は1952年、千葉県生まれだ。

広島県呉市の高校を経て早稲田大学理工学部に進み、大学院修了後の1978年に日立製作所に入社した。

配属先は日立の半導体のメッカと呼ばれた武蔵工場。

最初の仕事はドライエッチングの開発だった。

ドライエッチングは半導体製造の核心技術の一つで、極めて細い回路を基板に刻み込む工程を担う。

半導体の微細化競争において、この技術の優劣が製品の性能を左右する。

社会人として働きながら、小池は東北大学大学院に通い、大見忠広教授のもとで工学博士号を取得した。

研究者としての素養と、製造現場の実務家としての経験を両立させたキャリアの原点がここにある。

その後、日立の半導体グループ生産技術本部長として、那珂工場の300ミリウエハー新ラインの立ち上げなど、当時最先端の生産設備整備を指揮した。

技術者として日立の半導体製造能力を底上げし続けた40年だ。

しかし2000年代に入り、日立の半導体事業は大きな転換を迫られる。

トレセンティの挫折──20年間、頭の中で問い続けた失敗

2000年、日立と台湾UMCの合弁会社として「トレセンティテクノロジーズ」が設立された。

社名はラテン語で「300」を意味し、300ミリウエハー対応の最先端半導体工場を目指す会社だ。

小池は取締役に就任し、2002年3月に社長に就いた。当時の産業界はこのプロジェクトに期待をかけた。

「半導体復権の旗振り役」として注目を集めた。

しかし結果は実質的な失敗だった。

日立の経営方針の転換、政府主導のマスタ・ファブ構想の崩壊、半導体市場環境の急変──複合的な要因が重なり、構想は頓挫した。

小池が後に語ったことがある。

「なぜトレセンティは失敗したのか」と、20年の間、繰り返し自らに問い続けてきたと。

注目すべきは、小池がトレセンティでも「全枚葉式」という製造方式の導入を目指していたことだ。

半導体ウエハーを1枚ずつ処理するこの方式は、大量生産には向かないが製造スピードを大幅に短縮できる。

トレセンティではこの方式の導入がかなわなかった。

ラピダスで再び挑んでいるのは、20年前の無念を晴らす挑戦でもある。

サンディスク、ウエスタンデジタルで経営者として鍛えられた16年

2006年、小池淳義はサンディスク株式会社の代表取締役社長に就任した。

技術者から製造責任者を経て、今度は経営者として外資系企業のトップに立った。

サンディスクはフラッシュメモリの世界的企業だ。

その後、サンディスクを買収したウエスタンデジタルで引き続き日本法人のトップを務め、2022年まで16年間、半導体業界の経営実務を積み上げた。

トレセンティでの失敗が「技術者・製造責任者としての限界」を示したとすれば、この16年は「経営者としての限界」を試す期間だった。

技術と経営の両方を知る人間として、小池はラピダスの社長に就く素地を整えた。

ラピダス設立──IBMの電話が呼び込んだ再挑戦

2022年8月11日、ラピダス株式会社が設立された。

発端は、東哲郎会長(東京エレクトロン元社長)への米IBMからの打診だった。

「日本で最先端半導体を製造する会社を作ってほしい」という要請の背景には、米中技術覇権争いの中で経済安全保障上の生産拠点を同盟国に作りたいという米国の戦略があったと報じられている。

「ラピダス」の命名は小池によるものだ。

ラテン語で「速い」を意味する。かつてトレセンティ(300)をラテン語で命名したのも小池だった。

この社名選択のこだわりに、20年前の記憶を現在に接続しようとする意志が透けて見える。

設立記者会見で小池は語った。「日本には半導体をちゃんとつくれる技術がある」。

73歳にして再び最前線に立つ技術者の言葉は、単なる気合ではなく、日立での40年と外資での16年の経験に裏打ちされたものだ。

2ナノ半導体の試作成功──「世界に例がない」スピード

2025年7月18日、ラピダスは北海道千歳市の工場「IIM-1」で大きな発表を行った。

2ナノメートル世代の半導体の試作に成功し、トランジスタが正常に動作することを確認したと公表したのだ。

使用したのはGAA(ゲートオールアラウンド)構造と呼ばれる次世代トランジスタ技術だ。

国内製造としては初めてであり、世界でも数社程度しか実現できていない。

驚くべきはそのスピードだった。オランダASML製の極端紫外線(EUV)露光装置を2024年12月に搬入してから、わずか3カ月余りで露光に成功した。

小池社長は「世界に例がない」と語った。

さらに従来1カ月半かかる試作プロセスを約12日18時間で完了させた。

「世界中の半導体関連メーカーから驚きの声が上がった」と小池は胸を張る。

ただし小池は同時に冷静だ。「まだ1.5合目」。

今回確認できたのはトランジスタの動作であり、実際の顧客製品に相当する半導体全体の量産には、まだ多くの工程と技術的課題が残っている。

累計2.9兆円の国家支援──史上最大規模の税金投入

ラピダスへの政府支援は、規模において前例がない。

2022年度から開始した支援は段階的に拡大し、2025年11月21日、経産省は2026〜27年度にさらに約1兆円を追加すると発表した。

累計支援額は2.9兆円に達した。

武藤容治経済産業大臣(当時)は国会で「1社に対して兆円規模の補助金を措置した事業はない」と認めている。

これは批判に答えた言葉でもあるが、異例性を自ら認めた発言でもある。

問題は民間出資のあまりの少なさだ。

トヨタ自動車・NTT・ソニーグループ・NECら国内有力8社が出資しているが、その総額はわずか73億円にとどまる。

量産まで必要とされる5兆円〜7兆円の大部分を政府支援に依存する構造だ。

銀行からの融資も難航した。

設立から間もないベンチャー企業が最先端半導体の量産に挑むという高リスク事業に、銀行は慎重だった。

これを受け政府は、情報処理推進機構(IPA)を通じた債務保証という仕組みを2025年4月に立法化した。

ラピダスが銀行から借りた資金を、万一の場合に政府が肩代わりする構造だ。

野村総合研究所の木内登英氏は「安易な支援は、むしろラピダスのビジネスが成功する可能性を低下させる」と警告している。

エルピーダの亡霊──失敗しても誰も責任をとらない構造

ラピダスへの巨額支援を語る上で、エルピーダメモリの教訓は避けられない。

エルピーダは政府が400億円の公的資金を投じた半導体メーカーだったが、2012年に経営破綻。

約277億円が国民負担となった。

国会で「誰がどのような責任をとったのか」と追及されると、経産相は「責任をとったことはない」と答弁した。

この「誰も責任をとらない」構造が、ラピダスでも同様に機能するリスクがある。

政府補助金や債務保証によって失敗時のコストが国民に転嫁される一方で、判断した官僚や政治家が責任を問われることはほぼない。

また、経産省が2023年に作成した「半導体・デジタル産業戦略」には極超音速ミサイルや軍用偵察機への活用が明記されており、東哲郎会長が講演で「国防の領域」「アメリカに届ける」と語ったことも、事業の性格を問う議論を呼んでいる。

全枚葉式という賭け──トレセンティで果たせなかった夢の再挑戦

ラピダスの製造戦略の核心は「全枚葉式」という製造方式にある。

半導体製造の世界には大きく二つの方式がある。

複数枚のウエハーをまとめて処理する「バッチ式」と、1枚ずつ順番に処理する「枚葉式」だ。

バッチ式は大量生産に向き、TSMCやサムスンが採用する主流の方式だ。

一方、枚葉式は大量生産には不向きだが、処理の速度と柔軟性で優れる。

小池淳義がトレセンティテクノロジーズ社長だった2002年、全枚葉式の導入を目指したが、親会社の経営方針変更により実現できなかった。

20年以上越しの「宿題」が、ラピダスで初めて完遂される構図だ。

この選択は戦略的に理にかなっている。

TSMCやサムスンと同じ土俵で戦えばラピダスに勝ち目はない。

圧倒的な規模と実績を持つ既存プレイヤーに真正面から挑むのは無謀だ。

しかしスピードと柔軟性で差別化すれば、別の市場が見えてくる。

AI半導体の世界では、技術の進化が速すぎてチップの設計も頻繁に変わる。

顧客が求めるのは、設計変更に素早く対応し、短期間でチップを届けてくれるパートナーだ。

ラピダスはこのニーズを「RUMS(ラムス)」と呼ぶビジネスモデルで狙う。

設計から製造、パッケージングまでを一括提供し、従来の半分の期間で製品を仕上げる。

2025年7月の試作では、通常1カ月半かかるプロセスを約12日18時間で完了した。

「世界中の半導体関連メーカーから驚きの声が上がった」と小池は言う。

この速さこそが、ラピダスがTSMCと異なる戦略で生き残ろうとする根拠だ。

北海道千歳市という選択──「シリコンバレーより北海道バレー」

ラピダスが工場を北海道千歳市に置いたのは、単なる土地の広さや地価の問題ではない。

2024年に熊本でTSMCの第1工場が稼働し、熊本・九州地方は半導体関連人材の争奪戦が激化している。

同じ土地でラピダスが人材を集めようとしても、TSMCという圧倒的な資本力と知名度を持つ企業との競争は厳しい。

北海道を選んだ理由の一つは、この競争を避けることだ。

北海道大学をはじめ地元の大学が優秀な理工系人材を輩出しているにもかかわらず、多くが道外に流出している。

ラピダスはその人材を北海道にとどめる受け皿になれると小池は考えた。

さらに小池が掲げるのが「北海道バレー構想」だ。苫小牧から千歳、札幌、石狩にかけてのエリアに半導体関連企業を集積し、米国のシリコンバレーに相当する産業集積地を作るという構想だ。

実際、ラピダスの工場建設に伴い、千歳市周辺では関連企業の進出や人口流入が始まっている。

北海道という地名のイメージを超えた産業地帯として育てることが、小池の描く長期ビジョンだ。

ラピダスが量産に成功すれば、この構想は現実の産業地図を書き換える力を持つ。

IBMとの技術連携が意味するもの──日米半導体同盟の実態

ラピダスの技術的な基盤は、米IBMとの連携によって成り立っている。

IBMはかつて半導体を自社製造していたが、現在は製造部門を持たず、研究開発に特化している。

世界最先端の半導体研究を続けながら、製造拠点を持たないという状態にある。

ラピダスはIBMから技術供与を受け、ニューヨーク州のIBM研究所に技術者を派遣して製造技術を習得してきた。

この連携の背景には、単純な技術協力を超えた地政学的な意図がある。

米国は中国との技術覇権争いの中で、最先端半導体の製造拠点を台湾一極から分散させることを戦略目標としている。

日本はその分散先の一つとして位置づけられている。

ラピダスは日米の政府・企業が連携して作り上げた「経済安全保障の産物」だ。

東哲郎会長が講演で「国防の領域」「アメリカに届ける」と語ったのは、この文脈から切り離して理解することはできない。

IBMの技術を習得した日本人技術者が千歳の工場で最先端半導体を製造する。

その半導体がAI用途だけでなく軍事用途にも使われる可能性がある。

これが国益に資するのか、それとも日本が米国の軍事産業の下請けになるリスクをはらむのか。

累計2.9兆円という国民の資金が投じられている以上、この問いを避けることはできない。

2027年量産、2031年上場──計画の現実性

ラピダスは2027年度後半の2ナノ半導体量産開始を目標とする。

その後1.4ナノ、1.0ナノへと2〜3年周期でプロセスを高度化し、2030年度ごろに営業黒字、2031年度ごろの株式上場を計画している。

2025年7月の試作成功は、この計画が単なる絵空事ではないことを示した。

しかし小池社長自身が「まだ1.5合目」と言う通り、顧客の獲得、歩留まりの向上、量産規模への拡大という三つの難題がなお立ちはだかる。

サムスン電子でさえ2ナノの歩留まりに苦戦しているという報道もある中で、設立わずか3年のラピダスが2027年に量産を実現できるかどうか、注視が必要だ。

権力ウォッチの視点

小池淳義という人物を見る時、73歳にしてなお最前線に立ち続けるエネルギーの源が何かを考える必要がある。

それはトレセンティへの雪辱だ。

20年以上前の失敗を頭の中で繰り返し問い続けてきた人間が、もう一度だけ最先端に挑む機会を与えられた。

「確証がなかったが今はいけるかもしれない」という言葉に、その20年分の蓄積がある。

しかし「権力ウォッチ」が問うのは、個人の情熱ではなく構造だ。

累計2.9兆円という史上最大規模の国民の税金が一民間企業に投入されている。

成功すれば日本の半導体産業が復権し、経済安全保障の基盤が整う。

失敗すれば、エルピーダの時と同じく、誰も責任を取らないまま国民が巨額の損失を被る可能性がある。

ラピダスの進捗を、技術的な成果だけでなく、税金の使われ方・政府と企業の関係・軍事転用の問題を含めて継続的に監視することが、市民にとって不可欠だ。

参考資料・出典

本記事は以下の公開情報を基に作成されています。

公的資料・報道記事:

  • 日本経済新聞(2025年7月24日「ラピダス小池社長 2ナノ量産いけるかも」)
  • 日刊工業新聞ニュースイッチ(2025年7月22日「2ナノ半導体の試作成功 量産に弾み」)
  • Bloomberg(2025年7月18日「ラピダスが2ナノ半導体の試作に成功」)
  • 日経クロステック(2025年8月「ラピダス小池社長 従業員は寝ずに2ナノ試作」)
  • JBpress(2025年「2ナノ試作成功は1.5合目に過ぎない」)
  • nippon.com(2023年8月「ラピダスの小池淳義社長に聞く」前編・後編)
  • 東洋経済オンライン(2024年7月「ラピダス小池社長 常識では出来ないことをやる」)
  • 共同通信(2025年11月21日「ラピダスに1兆円追加支援」)
  • 赤旗(2025年2月「半導体企業ラピダスに税金投入 軍事転用の懸念」)
  • 野村総合研究所 木内登英氏コラム(2024年)

注記:

  • 本記事は公開されている報道情報および公的資料を基に作成されています
  • 政府支援額は2025年11月21日時点の発表に基づいています
  • 量産開始・株式上場の時期は計画であり変更される可能性があります
  • 時系列は複数の報道機関の報道を照合し、正確性を確認しています
  • 本記事は事実の客観的記述を目的としており、支持・批判の双方の立場を紹介しています

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