小林製薬社長の豊田賀一氏は、2024年3月に発覚した紅麹サプリメント健康被害問題で、企業統治の欠如を露呈した。
紅麹問題による死者5名、入院患者多数という深刻な事態に対し、小林製薬の対応は遅れ、国会での追及を受けた。
創業家である小林家が経営の中枢を握り続けてきた小林製薬は、紅麹問題を機に創業家経営陣が引責辞任し、豊田賀一氏が社長に就任した。
豊田賀一氏は企業統治改革を掲げるが、創業家支配の構造は温存されたままである。
株主代表訴訟、補償問題、規制当局との関係など、紅麹問題が浮き彫りにした小林製薬の企業統治の崩壊、創業家依存体質、利益優先の経営姿勢、そして規制緩和政策の失敗を徹底解説する。
豊田賀一のプロフィールと経歴

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- 豊田賀一(とよだのりかず)
- 生年月日 1964年8月22日(61歳)※2025年10月時点
- 出身地 大阪府東大阪市
- 職業 小林製薬代表取締役社長
豊田賀一氏は、2025年3月に小林製薬の代表取締役社長に就任した経営者である。
1964年8月22日生まれ、大阪府出身の61歳。
紅麹サプリメント問題で創業家経営陣が引責辞任した後、創業家以外で初めて社長職に就いた人物として注目される。
豊田賀一氏は1987年に関西学院大学法学部を卒業後、新卒で小林製薬に入社した。
入社当初は国内営業部門に配属され、営業の現場で実績を積んだ。
2006年、豊田賀一氏は国際事業部門に異動し、欧州市場の開拓を担当する。
Kobayashi Healthcare Europe社の社長に就任し、ヨーロッパでの事業基盤構築を主導した。

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2012年以降は国際事業部で欧米・中国戦略部長を歴任し、海外展開の責任者としてキャリアを重ねた。
2023年3月、豊田賀一氏は執行役員に昇格し、国際事業部長に就任する。
小林製薬の海外売上高比率向上を推進し、グローバル企業への転換を目指す戦略の中心人物となった。
しかし2025年1月21日、小林製薬は突如として山根聡社長の退任と豊田賀一氏の社長昇格を発表する。
紅麹問題の補償対応と再発防止策の方向性が定まったとして、山根は就任わずか7ヶ月で退任した。
豊田賀一氏は3月28日の定時株主総会を経て、正式に代表取締役社長に就任。
豊田賀一氏の社長就任は、創業家依存からの脱却を目指す小林製薬の経営改革の象徴である。
38年間にわたる小林製薬一筋のキャリア、特に国際事業での実績が評価された形だが、紅麹問題の後始末と企業信頼の回復という重責を担うことになった。
豊田賀一の学歴

豊田賀一氏は1987年に関西学院大学法学部を卒業している。
関西学院大学は兵庫県西宮市に本部を置く私立大学で、関西の名門私立大学群「関関同立」の一角を占める。
法学部は同大学の中核学部の一つであり、法曹界や官公庁、企業の法務部門に多くの人材を輩出してきた。
豊田賀一氏が法学部で学んだ法律知識や論理的思考力は、その後の企業経営において重要な基盤となったと推測される。
特にコンプライアンスや契約法務が重視される国際事業部門での長いキャリアにおいて、法学部出身の知識が活かされた可能性は高い。

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関西学院大学出身の経営者は多く、豊田賀一氏もその一人として小林製薬で38年間のキャリアを積み上げた。
大学卒業後は大学院には進まず、新卒で小林製薬に入社し、生え抜き社員として昇進を重ねている。
なお、豊田賀一氏は小林製薬入社以前の経歴や高校時代の情報については公開されていない。
一貫して小林製薬で実務経験を積み、特に国際事業での成果によって経営トップへと上り詰めた人物である。
法学部出身者が製薬・日用品メーカーの社長に就任するのは珍しいケースではあるが、豊田賀一氏の場合は営業・国際事業という実務での実績が評価された結果である。
紅麹問題という企業統治の危機において、法的知識を持つ経営者が求められたという側面もあると考えられる。
小林製薬・紅麹問題の全貌

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2024年3月の健康被害発覚
2024年3月22日、小林製薬は紅麹を含むサプリメント「紅麹コレステヘルプ」などの製品で健康被害が発生したと公表し、関連製品の自主回収を開始した。
この発表により、日本の健康食品業界全体を揺るがす深刻な問題が明らかになる。
小林製薬が公表した健康被害は、利用者13人に腎疾患、浮腫、倦怠感などの症状が確認され、6人が入院していたというものである。
その後、被害報告は急速に拡大し、3月26日には2人の死亡、3月28日には4人の死亡が明らかになり、最終的に公式発表では5人の死亡が確認された。
しかし実態はさらに深刻であった。小林製薬には2024年6月28日までに、家族が死亡したという遺族からの問い合わせが170件寄せられていた。
このうち製品摂取後に死亡したのは76件で、小林製薬はこれらについて因果関係を調査中としている。
健康被害の原因物質として特定されたのが、青カビ由来の「プベルル酸」である。

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3月29日にこの物質の存在が明らかになり、厚生労働省と国立医薬品食品衛生研究所による調査で、プベルル酸が腎障害の原因であることがほぼ特定された。
プベルル酸は2023年7月以降に出荷された製品から検出されており、それ以前の製品には含まれていなかった。
日本腎臓学会の調査によれば、被害者の大半で腎臓の尿細管機能に障害が出る「ファンコニー症候群」が確認された。
被害者に共通する症状として、尿細管の障害、慢性疲労、食欲不振、嘔吐、頻尿などがあり、腎臓に関する検査数値が極端に悪化していた。
小林製薬が製造販売した「紅麹コレステヘルプ」は約100万個が販売されており、さらに同社は紅麹原料を食品メーカーなど52社に供給していた。
この原料を使った製品を扱う企業は170社以上に及び、被害は広範囲に拡大した。
対応遅延と国会・行政からの追及
小林製薬が健康被害を初めて把握したのは2024年1月15日である。
医師から「紅麹サプリとの関連が疑われる症状で入院した患者がいる」との連絡を受けたにもかかわらず、公表したのは3月22日、実に2ヶ月以上が経過していた。
この遅延が被害を拡大させた。2月には東京の大学病院から「今まで健康だった女性3人が腎臓の健康被害で入院している。
共通点は紅麹のサプリを飲んでいたことだ」との問い合わせがあったが、小林製薬は同様の被害はないと回答していた。
この間も消費者はサプリを摂取し続け、2月に腎疾患で死亡した人は3年前からサプリを定期購入し、直前まで摂取を続けていたとみられている。
小林章浩社長(当時)は3月29日の記者会見で「因果関係が不明な中で回収を決めた」と説明。
同社は因果関係がはっきりするまで、すなわち腎疾患の原因が明らかになるまでリスク情報の公表を避けていたのである。
原因究明を優先したことが、結果的に被害拡大を招いた。
2024年6月28日、武見敬三厚生労働相は記者会見で「詳細を調査させて、27日になって初めて全体像が示された。私としては極めて遺憾。もう小林製薬だけに任せておくわけにはいかない」と述べ、強い不快感を表明した。

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この時点で死者5人と報告していたが、実際には76人の死亡について因果関係を調査中であることが判明し、情報開示の不十分さが改めて問題視された。
大阪市は2025年3月19日に調査報告書を厚生労働省に提出し、「カビが混入した場合の危害が十分に認識できていなかった」ことを直接的な要因として指摘した。
報告書では「複数の健康被害を探知した段階で行政に報告していれば、被害拡大の防止につながった」と、小林製薬の報告体制の不備を厳しく批判している。
紅麹問題は国の制度改正にも波及した。
消費者庁は2024年5月末まで全6回の「機能性表示食品を巡る検討会」を開催し、異例の速さで報告書をまとめた。
健康被害情報提供の義務化、機能性表示食品のGMP認証要件化、表示方法の見直しが提言され、企業に第三者チェックを義務付ける方向で制度改正が進められている。
創業家経営陣の引責辞任

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紅麹問題の責任を取る形で、小林製薬の創業家経営陣が相次いで退陣した。
2024年7月23日、小林製薬は臨時取締役会を開き、小林一雅会長と小林章浩社長の引責辞任を決議した。
会長の辞任は同日付、社長は8月8日付で、後任の社長には山根聡専務が就いた。
創業家以外の社長就任は小林製薬の歴史で初めてのことである。
小林製薬は1919年に創業した市販薬と日用品の大手メーカーで、創業以来、創業家一族が経営トップを占めてきた。
1960年代に発売した「アンメルツ」や「ブルーレット」のヒットで事業を急拡大させ、創業家支配のもとで成長を続けてきた企業である。
しかし紅麹問題により、この創業家依存の経営体制が問題視されることになる。
小林一雅前会長は特別顧問として残ったが、山根社長は「特別顧問の是非について社内で継続的に議論がある」としつつ「マーケティングなどについて日々有益なアドバイスをもらえている」と説明し、創業家との関係が完全には断ち切れていない状況を示した。
山根社長の政権は短命に終わる。
2025年1月21日、小林製薬は山根の退任と豊田賀一執行役員の社長昇格を発表した。

山根は退任理由を「補償や再発防止などの方向性がある程度見えた」と説明したが、就任からわずか7ヶ月での交代となった。
取締役会も大幅に刷新された。
社内出身者は山根が取締役も退く一方、創業家の小林章浩氏は補償担当の取締役として留任した。
4人いた社外取締役のうち3人が退任し、新たに5人の社外取締役を招聘する体制となった。
会長には京セラの元取締役執行役員常務で日本航空の再建にも携わった大田嘉仁氏が就任した。
大田氏は京セラの創業者・稲盛和夫の経営哲学を学び、JAL再建で手腕を発揮した人物であり、小林製薬の企業統治改革を主導することが期待された。
創業家依存からの脱却を掲げた経営刷新であったが、創業家株主は依然として約3割の株式を保有しており、完全な脱却には至っていない。
豊田賀一社長の企業統治改革

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豊田賀一氏が社長に就任した最大の使命は、紅麹問題で失墜した企業統治体制の再構築である。
2025年3月28日の定時株主総会で、小林製薬は取締役会の抜本的刷新を実施した。
取締役候補10人のうち8人を新任とし、社外取締役を4人から6人に増やすことで、取締役会の監督機能の実効性を確保する方針を打ち出した。
新任の取締役として、アステラス製薬出身で研究開発本部本部長を務める松嶋雄司執行役員が昇格した。
さらに弁護士ら4人のほか、医療分野の知見を持つ候補者も社外取締役として招聘された。
会長には大田嘉仁氏が就任。

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大田氏は京セラで取締役執行役員常務を務め、経営破綻した日本航空の再建にも携わった経験を持つ。
京セラの創業者・稲盛和夫の経営哲学を学び、JAL再建では企業文化改革と収益構造の立て直しを主導した人物である。
しかし、株主総会では企業統治改革をめぐる対立も表面化した。
小林製薬は取締役会議長を会長から社外取締役に変更する定款変更案を提出したが、この議案は否決された。
約3割の株式を保有する創業家株主が「経営は混乱期にあり、取締役会のメンバーが大幅に変わる中で変えない方がいい」と反対したのである。
豊田社長は株主総会後の記者会見で「創業家株主の理解を得るために何度も協議を重ねた」が「取締役会議長の在り方という点で意見の違いがあった」と説明した。
ただし「来年の定時株主総会でも再度の提案を目指す」とし、企業統治改革を推進する姿勢を崩さなかった。
豊田社長は広告を2025年夏にも本格再開し、2027年12月期には営業利益の水準を回復させたいとの目標を示した。
紅麹問題で自粛していた広告活動を再開することで、消費者の信頼回復を図る方針である。
創業家の小林一雅前会長は特別顧問として残っており、創業家との関係をどう位置づけるかが、今後の企業統治改革の焦点となる。
株主代表訴訟と補償問題

紅麹問題をめぐり、小林製薬は複数の訴訟と巨額の補償対応に直面している。
2024年9月4日、小林製薬の紅麹サプリメントを購入し服用した大阪府の男性が、薬剤性急性腎障害を発症したとして賠償を求める訴えを大阪地裁に提訴した。
紅麹問題で賠償を求める提訴が行われたのは全国初である。
さらに深刻なのが、香港系投資ファンドのオアシス・マネジメントによる株主代表訴訟である。
2024年10月25日、オアシスは小林一雅前会長ら7人に対し、計約135億円の損害賠償を求める株主代表訴訟を提起した。
同社の株式10%超を保有する株主として、紅麹問題の対応の遅れが企業価値を毀損したと主張している。
オアシスは2025年2月にも臨時株主総会を要求し、紅麹問題の再調査と取締役3人の選任を求めた。
しかし臨時株主総会では、オアシスの提案はいずれも賛成の割合が2割台にとどまり否決された。
創業家株主や他の機関投資家から支持を得られなかったのである。
小林製薬は被害者への補償も進めている。
2024年8月8日、同社は紅麹事業から完全撤退することを正式決定した。
自社製品や原料の供給先で自主回収にかかる費用は18億円と見積もられた。
さらに健康被害を受けた被害者への個別補償も続いている。
小林製薬は2024年6月28日時点で、約143,000件の相談を受け、1,656名が医療機関を受診し、289名が入院治療を要したと報告している。
これらの被害者に対する補償額は明らかにされていないが、相当な規模に上ると推測される。
補償担当の取締役として、創業家の小林章浩氏が留任した。
豊田社長体制においても、補償業務については創業家が責任を持つという姿勢を示している。
小林製薬の財務体制は当面は安定しているが、訴訟と補償が長期化すれば、経営への影響は避けられない。
小林製薬と政府・規制当局の関係

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紅麹問題は、日本の機能性表示食品制度の構造的欠陥を浮き彫りにした。
この制度は2015年、安倍政権の経済成長戦略の一環として導入された。
企業が科学的根拠に基づく届出を行えば、国の審査なしに健康効果を表示できる仕組みである。
従来の「特定保健用食品(トクホ)」は国の審査が必要で、企業にとってコストと時間がかかる。
機能性表示食品制度はこの規制を緩和し、企業の自主性を重視する形で導入された。
健康食品市場の活性化と経済成長を狙った政策であったが、その代償として安全管理が企業任せとなった。
小林製薬の紅麹製品も機能性表示食品として届出されていた。
しかし製造管理体制には深刻な問題があった。
厚生労働省はGMP認証(全工程を点検・記録する品質管理基準)を推奨していたが、医薬品では義務付けがあるものの、健康食品では義務付けがなく「企業努力」のレベルであった。
小林製薬はGMP認証を取得しておらず、第三者がチェックする機会がなかったのである。
大阪市の調査報告書は、小林製薬の製造工程で青カビが混入したと結論づけた。
同社は成分濃度を高めるために通常の3倍以上の培養期間を設けるなど独自の製造法をとっていたが、長期培養は温度・水分管理が難しく、汚染リスクが増大する。
紅麹問題を受けて、政府は制度改正に動いた。

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消費者庁は2024年5月末まで全6回の「機能性表示食品を巡る検討会」を開催し、異例の速さで報告書をまとめた。
主な改正方針は3点。
第一に、健康被害情報提供の義務化。
小林製薬は1月に医師から報告を受けながら3月まで公表しなかったが、今後は医師の判断のあるものなど一定条件を満たすものは保健所と消費者庁に直接報告することが義務付けられる。
第二に、機能性表示食品のGMP認証要件化。
第三者による定期的なチェックを義務付ける方向で検討が進められている。
第三に、表示方法の見直しである。
規制緩和が生んだ健康被害という側面で、紅麹問題は政府の責任も問われている。
まとめ|紅麹問題が示す企業統治の崩壊

創業家支配の温存
小林製薬の経営刷新は、表面的なものに過ぎない。
小林一雅前会長は特別顧問として残り、小林章浩氏も補償担当取締役として留任した。
創業家株主は約3割の株式を保有し、取締役会議長の変更案を否決する影響力を持つ。
豊田賀一社長は「創業家に理解と支援を求めていく」と述べたが、これは創業家の意向を無視できないことの裏返しである。
真の権力構造は変わっていない。
利益優先の企業体質
小林製薬は健康被害を1月に把握しながら、因果関係の究明を優先して2ヶ月以上も公表を遅らせた。
この間、消費者はサプリを摂取し続け、被害は拡大した。
「科学的根拠を確認してから公表する」という姿勢は、企業防衛の論理であり、消費者の安全を軽視したものである。
76名の死亡について因果関係を調査中としながら、6月まで公表しなかった情報隠蔽体質も深刻である。
規制緩和政策の失敗

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機能性表示食品制度は2015年、安倍政権の経済成長戦略として導入された。
国の審査を不要とし、企業の自主性に委ねる仕組みは、健康食品市場の拡大を優先し、安全管理を軽視した政策である。
GMP認証が義務化されていなかったため、小林製薬には第三者チェックの機会がなかった。
規制緩和が生んだ健康被害という点で、政府の責任も重い。
権力ウォッチの視点

紅麹問題は、日本社会における権力と企業統治の歪みを浮き彫りにした。
創業家という「私的権力」が企業を支配し、政府は規制緩和で経済成長を優先し、行政は監督機能を果たさなかった。
その結果、消費者の命と健康が犠牲になった。
豊田賀一社長は2027年までの業績回復を目標に掲げたが、企業統治改革の本質は問われていない。
創業家との関係、消費者より利益を優先する企業文化、政府の規制緩和政策、行政の監督不全――これらの構造的問題にメスを入れない限り、真の再建は困難である。
小林製薬の事例は、創業家支配、利益優先主義、規制緩和への盲信という三つの要素が重なった時、企業は暴走し、国民の安全は守られないことを示している。
紅麹問題は、権力監視の重要性を改めて突きつけた事件である。


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